私がこの本に出会ったのは高校に通っていたころ、図書室においてでありました。もともとから自然科学に興味のある私には、このストレートなタイトル『クジラは昔陸を歩いていた』の訴える力はかなりのもので、とりあえず内容もよくわからないのに借りてみて、そしてはまってしまいました。丸ごと一冊がクジラでもって貫かれていましてね、またそれがちょっと想像を超えるような話ばかりですから、いや本当にすごいなあと感心するばかりなんです。クジラの潜水能力、そして餌を得るための攻防。それら描写は、どことなくのんびりとおおらかに見えるクジラのまた別の側面を描き出して、お気に入りの一冊になりました。
この本には隅々にまで楽しさ、面白さがつまっていて、目次の次にイラストで紹介されるクジラの種類というのからがもう楽しい。知っているクジラもあればまったく知らないのもあって、しかしクジラ・イルカの種類というのも多いのですね。私の知っていたことはというと、まずクジラ、イルカの区分があって、クジラにはハクジラ、ヒゲクジラの区分があって、とそれくらいであるのですが、ところがもっと多様な種の広がりがあることがイラストだけでわかります。見た目が違う、姿が違う。
このイラストの書かれた数ページは、子供時分に図鑑を眺めるのが好きだったというような人にはかなり訴えるものがあると思います。私もそうした子供のひとりでしたが、眺めていて飽きるところがありません。
しかしやっぱりこの本の中心はクジラに関する記述にあるのであって、読んでみれば本当にクジラの世界は広いと実感できます。超音波で会話をするというようなことなら一般にも広く知られていますが、この本に書かれているのはそんなレベルではないのです。泡で餌となるオキアミ、プランクトンを囲い込んでみたり、脳油器官を駆使して深海にまで潜ってみたり、そうしたクジラの高性能(?)さが書かれていて、しかもその時点で未だ仮説であるような情報まで書いてあって、例えばですよ、脳油器官をレンズのように使うことで超音波を集束させてイカを狙撃するであるとか、読んでいるだけでわくわくするんですね。
この本には、こうした自然科学的興味がたくさん盛り込まれていますが、もちろん政治的なこともあって、例えばクジラ保護に関することとか、なぜクジラが減ることになったのかということから説明されていて、それを読むかぎり、クジラ保護なんてイデオロギーは結局政治戦略なのかも知れないと悲しくなりますな。ともあれ、クジラという未だに神秘に隠された巨大な生物が人間の思惑で振り回されているという現実はあんまりに悲しいことであるなと、一冊を読み通してみるとそんなふうに思えるまでにクジラに対する愛着というのが増す、そんな本です。
- 大隅清治『クジラは昔陸を歩いていた — 史上最大の動物の神秘』(PHP文庫) 東京:PHP研究所,1997年。
- 大隅清治『クジラは昔陸を歩いていた — 史上最大の動物の神秘』東京:PHP研究所,1988年。
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