私はヨーロッパの中世という時代が好きで、とりわけ好きなのはゴシック、と思っていたのですが、どうやらそういうわけでもないみたい。昔、図書館に勤めていたときに、中世っぽさを持った建築について知りたいという欲求にとりつかれたことがありまして、それは例えば城であるとかについてとかが知りたかったのですが、残念ながら城についての資料を見つけることができず、かわりにたどり着いたというのがロマネスクという様式、そして修道院であったのです。ロマネスクというのはゴシック以前のヨーロッパに生まれた様式で、天を目指して上へ上へとのびんが如しのゴシックとは異なり、簡素でやわらかな印象を与えるロマネスクは地にありて粛然としています。
この本の著者である饗庭孝男は、私の記憶ではフランス文学者なのですが、こうした本も書かれるのですね。『フランス・ロマネスク』はそのタイトルの示すとおりフランスにおけるロマネスク建築を扱っているのですが、著者が文学系の人間だけあって、その視点は独特です。なにしろ、建築を扱いながら、その向こうにロマネスク様式を育んだ時代の精神を見ようというのです。そしてこの試みは成功していると思います。なにぶん一般向けの本ですから、概略程度に抑えられているところも多いのですが、それでも、あの時代にどういう社会状況があって、それがどのように様式に反映されたかというのを知るのは面白く、修道院建築が好きで、中世という時代も好きという人にはきっとうってつけの本でしょう。
この本の前半は中世ヨーロッパ社会を俯瞰した概略的な章で、ここで時代の背景を知って、後半は実際の建築、修道院が紹介されるカタログといった様相を見せています。おおまかなところから入り、個別の事象にいたる。修道院の紹介にしても、歴史があり、建築についての説明があり、そして実際にその場に立った者としての感想があって、なかなかに多層的重層的で面白いのですよ。私がこの本を手にした理由は、建築解説に興味を持ったからなのですが、今となってみれば中世という時代にこそ興味が涌いて、面白いです。多様な興味を吸収できる、本当によい本であると思います。
この本を読んで、それから『薔薇の名前』を読むときっと面白い。映画でもいい。そしてそれらを体験したあとで戻ってきたら、この本の面白さもきっとよりいっそう膨らむはず。写真もたくさんあるので、ページをめくっているだけで中世の残るヨーロッパの土地に心が引き寄せられるようです。
- 饗庭孝男『フランス・ロマネスク』(世界歴史の旅) 東京:山川出版社,1999年。
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