コミック・バトン企画「今おもしろい漫画」第五弾は山本おさむの『天上の弦』。ヴァイオリンに魅入られた少年が、生涯をかけてヴァイオリンに取り組む様を描いた漫画で、そしてこの物語は実話をもとにしています。主人公は陳昌鉉氏。世界に五人の無監査マスターメーカーの一人であるのだと聞きます。私はヴァイオリンには明るくないので、無監査マスターメーカーというのがどういうものなのかピンとこないでいるのですが、そんな私でも陳昌鉉氏のことはおぼろげに知っていました。奇跡の名器ともいわれるヴァイオリン、ストラディバリウスに最も近づいた一人が日本にいるということをなにかの頼りで聞いて知っていて、ですから陳昌鉉氏の伝記ともいうべき『天上の弦』を書店で見たときには、どうしても手もとに置きたいと思ったのでした。
『海峡を渡るバイオリン』という本が『天上の弦』の原作で、『天上の弦』表紙にもこの本のタイトルはクレジットされています。あるいは、昨年同名のテレビドラマにもなったので、そちらでご存知の方もいらっしゃるでしょう。ですが、私は残念なことに、本も読まず、ドラマは見忘れて、だから青年陳昌鉉氏の行く末をまったく知らずにいます。
ですが、こうした無知は漫画『天上の弦』を読むには幸いしていて、確かに筋を知りたいのなら、すぐに本屋に走って『海峡を渡るバイオリン』を買ってくればよい。ですが、私は今は、『天上の弦』という漫画を通して、ゆっくり、少しずつ知っていきたいと思うのです。そうして漫画が完結したときに、はじめて本を読みたいと思っています。
この本を読んで思うのは、なにかを成し遂げる人というのは、才能だけではないということです。才能や好きというだけでは足りず、ひとつ自分の決めたものに取り組むその姿勢はある種狂気をはらんでいます。青年陳昌鉉の鬼気迫る貪欲さを目にすれば、自分に足りないものがなにであるか見えてこようというものです。
陳昌鉉氏は朝鮮半島に生まれて、戦時戦後の混乱や差別、就職難など、さまざまな出来事に翻弄されながらも、食い下がるようにしてヴァイオリンに取り組んで、そうした姿勢に学ぶところは多いのではないかと思います。ややもすればあきらめがちで、そうした態度が利口であるように振る舞ってみせるような時代において、愚直であろうとまっすぐ自分のやりたいこと、やるべきことに向かうということを、せめて自分だけでも忘れないようにしたいと思える貴重な本です。
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