2014年8月26日火曜日

先生の白い嘘

 Twitterで流れてきたんですね。「漫画家 鳥飼茜さん 「先生の白い嘘」で描こうとしたもの」。女の性、男の性を取り上げて、シリアスに対峙させた、そうしたものと理解されて、これは買ってみよう、読んでみようと思ったのでした。まったくの予備知識なし。冒頭見開きには、男の性、女の性を持つもの持たざるものとして区分するヒロイン美鈴の考えが提示されて、いつも損な側に立っている、そう自身を振り返る彼女の性格、自意識がわかるようになっています。それはつまり、女を被害者として描こうということなのか。いや、違うんですね。むしろ美鈴の鬱屈、その根本にあたるところにこの漫画の核がありそうだ。そう思わされる描写が続くんですね。

男女ともに、性的な搾取を受けることがある。そうしたことが描かれていたように思います。さらにいえば、男女ともに、自分の性に対し向けられる社会的な眼差しに苦しむことがある。そして、そうした苦痛は、自身が被害者となった時により顕著になる。その様子は、かつての美鈴の経験と、そして彼女の生徒、新妻の経験したことに如実に現れていて、美鈴は自分の身に起こった理不尽を、自分が女だからだ、自分のせいだ、そう思っている。対して、新妻は、男である自分の性に押し付けられるもの、それに苦しんでいる。同時に、自分自身の性に割り当てられたものを、理不尽な押し付けと感じながらも、そう思う心を閉ざしてしまった。ともに、性に傷つけられたもの同士でありながら、決定的に噛み合わない対話は、その向こうに傷ついた心とそれを守ろうと必死に抗っている、そうした悲痛さが感じられて、やりきれませんでした。

1巻終盤のふたりの対話は、前提として語られてきたもの、美鈴が身の回りに見て感じてきた、同性間に存在する格差や、男が常日頃から女に対し行っている理不尽としかいいようのない差別的な待遇、それに適応する女の姿など、また新妻が学校でクラスで置かれていたポジション、理不尽に見下され、性的なハラスメントもしばしばある、そうした状況があってこそ生きていると感じられます。ここに山場を持ってくるべく積み上げられてきた、その構成のうまさということになるのでしょうが、同時に彼女、彼の身の回りで起こること、感じているもの、それらが多かれ少なかれ私も見聞きし、経験してきたものである、そうしたリアルさ、ないしは生々しさがあるからなのでしょう。

美鈴も新妻も、当然漫画の登場人物、存在しない架空の人格であるのだけれど、出来事の生々しさ、リアルさ、ありそう、あるよね、そう感じさせるものがあるからこそ、ふたりの苦悩や頑なにもなるその心情が突き付けられるかのように募ってきたのだと思いました。そして、とりわけ私にとって突き付けられるように感じられたのは、一方的に、暴力的に行使される男の性でありました。普段、私はそうしたありようを嫌悪し、否定したいと振る舞っているのですが、それでも時に、自分の性のありようは、傷つけ、奪うものなのではないかと、自身直面させられることがあって、そうした違和感や嫌悪をこの漫画の中に見出したのでした。ひとつ目は、美鈴に向けられた性的な欲望とその身勝手さ。そしてもうひとつは、新妻が自分自身の中に見出した違和感、それだったのだと思います。

現状、どうにも救われようのない状況に置かれている美鈴と新妻でありますが、このふたりがともに直面した自らの性と自身の内面に、この先、より一筋縄ではいかなくなるだろうという予感をさせられて、それでもそのいきつく先に、ふたりの救いがあるのだとしたら、それを見たい。そう思わされるものがありました。そう思ったのは、ふたりの得るだろう救いは、また私自身にとっても救いと思えるものになるのではないか、そう期待するからなのだと思っています。

  • 鳥飼茜『先生の白い嘘』第1巻 (モーニングKC) 東京:講談社,2014年。
  • 鳥飼茜『先生の白い嘘』第2巻 (モーニングKC) 東京:講談社,2014年。
  • 以下続刊

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