2009年5月26日火曜日

ツレがうつになりまして。

 書店の新刊文庫コーナーに、細川貂々の『ツレがうつになりまして。』が並んでいまして、以前から気になっていた本ですから、これを機会と思って買いました。気になっていたというのは、この本が出て話題になる前に、この作者の漫画を知っていたからです。集英社のレディーズコミック『You』に連載されていた生活エッセイ漫画。『てん・ブック』。イグアナとともに暮らしている、なんだか呑気な夫婦もの。世の中にはいろんな暮らしがあるなあ、こういうスローな暮らしもいいかもなあ、みたいに読んでいたら、もう、いろいろととんでもない。あのひょうひょうとした人、ツレさん、鬱だったんだ。それもかなり酷い……。それを知ったときは、本当にショックでした。

『You』の連載で読んだエピソードに、水槽を買ってくるというのがあったように思います。だから、あの連載に描かれた時期は『ツレがうつになりまして。』にそのまま重なっているのだと思います。楽しそうなお気楽生活と見せて、実はそうではなかった。ひとつのできごとに、多様な側面があるということを思わないではおられませんでした。きっとつらくしんどいこともたくさんあったはず。けれどそれを『てん・ブック』においては少しももらさず、悠々自適の生活のように感じさせてくれて、それが楽しそうだった。本当に楽しそうだと思ったから、後に知ることとなった現実のもうひとつの側面にショックをうけたのです。

『ツレがうつになりまして。』は、文庫になる前にもずいぶん話題になったから、どうしようか、買おうか、けれどなんだかおそろしくて手にできず、いずれ買おう、きっと買おうと思いながら、ぐずぐずと今まで引っぱってきてしまったんですね。そこまで引っぱってしまったのは、ほら、元気だと思っていた人が実は辛い状況にありました、苦しんでましたっていうのを後から知るのってこわかったりしませんか? そうか、こんなに大変だったんだって思いたくなかったのだと思います。自分の見ていた、しあわせそうな側面にとどまりたかったのかも知れません。

けれど、別の漫画だとかインタビューとかで、より現実に即した、つまりはハードな実際の状況を読んだりはしていたんです。それは、もう、本当に大変だったらしい。生活がなりたつかどうか。漫画やイラストの仕事だけで生活できるか。そんな自信なんてないのに、ツレさんがこのまま仕事を続けていたらきっと取り返しがつかなくなるからと、生活を全部背負いこむ覚悟を決めて、退職するようにといって。そうした話を読んでいたから、なおさら『ツレがうつになりまして。』は手にしにくくなって、けど、実際に読んでみたら、『てん・ブック』で感じたしあわせな暮らしと、現実の大変だった状況、その中間あたりに位置する、大変じゃないなんて決していえないけれど、大変なときにも、苦しいときにも、日常はかわらずあり続けていて、そこには大変ばかりでないなにかがあるんだ、そうした感触のある、そんな漫画であって、もっと早くに手にしていたらよかったと思ったのでした。

しかし、細川貂々という人はフェアな人だと思いました。鬱が大変な病気だということは、漫画に描かれているツレさん見ていたらわかります。そして、そうした人をささえるということは大変だろう、そう思うのですが、実際にそうだと思うんですが、声高に大変だ大変だというようなことはしないのですね。むしろ自分をこそ客観的に突き放して見ているところがあって、自分のやっていることを褒めない。それどころか、やってしまった失敗を、かなり酷く描いたりもしていて、それ読んで、なんて酷いことを! なんて思ったんだけど、隠そうと思えば隠せるそうしたこともはっきりと描いている。自分をよく見せようとしていない。そうしたフェアな態度にむしろ感心することのほうが多かったです。

この漫画がするすると読めるのは、作者がひたっていないところ。楽観的とも思える、そんな雰囲気が、現実のつらさをやわらげてくれているところ。あったできごとを淡々と、あったように、そして思ったこと感じたことをありのままに話してくれている、そんな風に感じさせてくれるところ。静かだから、押し付けがましさなんてちっともないから、すーっと入っていける、すーっと入ってくる。そんな気がするんです。そして、途中途中にツレさんのつぶやきがあるんですが、それが大きなアクセントとなって、いいメリハリができて、その硬軟がなおさらよかったのだと思います。

これ以上はちょっと書けません。そしてドラマはきっと見ません。

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