思い返せば、じわじわと面白くなってきたのでありました。神堂あらしの『もののふことはじめ』。新居の庭に行き倒れていた侍一匹。飢えていたところを助けられた恩義に報いんと、殿、奥方様、若君と、慕ってくる仙之丞の可愛さよ。殿様風にいうならば、ういやつじゃ、ってなところでしょうか。しかし、残念ながら時代はまさに現代。テレビは薄型、携帯は女子高生どころか小学生のちびっ子でさえ持ってるような、そんな時代でありますから、仙ちゃんはどうにもこうにも浮いてしまう存在で、そうしたカルチャーギャップを楽しむ漫画といったほうがいいのでしょう。殿は高校の先生、奥方は元生徒の専業主婦。仙之丞の言動にはらはらして、なんせご近所の目もありますから。でも、最初こそは迷惑な押し掛け同居人、いや、押し掛け家来か、であった仙之丞も、だんだんに芝浦のうちになじんできて、そしてその仙ちゃんのなじんでいくテンポで、私もこの漫画を面白いと思うようになっていったのだと思います。
しかし、最大のターニングポイントは、奥方の妹君、千歳どのと仙の邂逅であったのではないかなと思うのです。ちょっぴりおきゃんな女子高生に仙は一目惚れですよ。この時を境にして、仙は、非常識な言動で周囲を、殿や奥方様を困らす人から、千歳どのという存在に振り回される人にバージョンアップした。ついでに、その可愛さもレベルアップした。実際、それまではオバケのQ太郎的ポジションであった、つまりは家族の一員であった仙が、千歳どのとの組み合わせで躍進したのだろうと思います。『もののふことはじめ』といえば、純情お侍仙之丞が、女子高生千歳に心ひかれるその様を楽しむ微ラブコメ、そんな風に変化したんだと思うんですね。それは表紙に描かれた、仙と千歳どの、そして若君ちあき様、この三人がメインの絵からも感じられるように思います。
しかし、それでもやっぱり殿、奥方があっての『もののふことはじめ』であります。奔放なお戯れ
をなさる殿、まったくのいいがかりなんですが、笑っちゃいましたよ。というか、笑わずにはいられません。どんな時代からきたのか、そのへんいまいちわからない仙ですけど、仙の常識、つまり殿は側室を持っても当たり前とかですね、そうした現代では通用しない常識でもって、がつんと誤解をふりまいてくれるような、そういうところが面白くて、しかもその誤解っていうのがわりと致命的というか、その状況でそれは最悪だというね、そういうところを的確に突いてくるものだから、面白くって、よかったなあと思うんです。いや、誤解とは限らないか。あえて黙ってることを暴露したりね、仙としては助けようとしたんだろうっていうんですけど、残念ながら嫉妬深い奥方様には通用しなくって、もっと窮地に陥ってるから、っていう、その塩梅がね、よかったなっていうのです。
奥方様について少々。まだ奥方様が生徒だったころ、あんまり私の好みじゃない。今のほうがずっと魅力的だな、っていうのはどうでもいいとして、最初従順に見せて、今となっては有無をいわせない、そんな勢いと剣幕で殿を押さえてしまってるってとこね、けどなんのかんのいってラブラブだっていうとこね、そういうところは素敵だなって思いました。というか、『もののふことはじめ』に出てくる女性って、みんな多かれ少なかれそんな感じであるな……。だから、仙の慕う千歳どのも、きっといずれは般若のようになるのでしょうよ。けど、その般若にもさせてしまう情の深さ、それが見えるところがいいんでしょうね。
- 神堂あらし『もののふことはじめ』(まんがタイムコミックス) 東京:芳文社,2009年。
引用
- 神堂あらし『もののふことはじめ』(東京:芳文社,2009年),83頁。
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