2009年1月16日金曜日

ママさん

  山田まりおの漫画では『ママさん』が一番好きだったかも知れません。もちろん、初遭遇作であった『スーパーOLバカ女の祭典』も好きで楽しみに読んでいたのですが、けれど私は昔の山田まりおのよさを今もなお懐かしみながら、今の山田まりおがよいと思っています。破壊的なギャグ、スラップスティックが持ち味の作家だと思っていたら、今はもうそうじゃない。そうした持ち味も残しながら、人の心の機微も描いてみせる、そんな作家になっているのですね。ギャグの合間合間に心の揺れ動く様子が差し挟まれて、ぐっと胸に迫ります。そして『ママさん』などは、そうしたものの典型であると思います。

『ママさん』における心の機微。それは人を好きになるという気持ち、そのものでありました。主人公アキトは高校生。彼は、自分の母に恋心を抱いていて、しかしそれはマザコンというものとはちょっと違う。母、和美はアキトとは血の繋がらない、法律上の母であるのですね。しかし、和美はアキトをただ子供としか思っていない。そこに気持ちのすれちがいがあったのでした。

そうした気持ちのすれちがいは、アキトと和美の他にもあって、それはアキトの同級生、小池さんとの関係もそうであったと思います。アキトは小池さんとつきあっていた。しかし小池あかりは、そこにアキトの心がないということに気付いてしまった。アキトは和美を忘れるために自分とつきあっているのだ。それはわかっていたこととはいえ……。そうした小池さんの悲しみが、ところどころに浮びあがってきます。まあ、その現われかたが問題だったりするのですが。なんてったって破壊的だし、まさに乱心以外のなにものでもないって感じだし。しかし取り乱す小池さんの鬼気迫るその姿を見れば、ああ、恋愛というものはこうしたものであったなと、なにか胸に突き刺さるようであります。恋は心を掻き乱して、平静を失なわせるものでありました。成就すれば嬉しい、しかし同時に不安や怖れも渦巻くようで、まさしく『ママさん』における小池さんのポジションとは、この恋愛の混沌であったと思うのですね。

山田まりおは、そうした混沌をもギャグにしてしまって、けれどそのギャグは面白くありながら、その裏に痛ましいと感じさせるなにかを隠していて、こうした両面性がこの人の魅力なのでしょう。アキトの前では可愛く振る舞おうとする小池さんが露呈させる、汚ない振舞いや卑怯さは、女というのはこうしたもんだという、そうした現実を強調してみせるギャグでありながら、そうまでしなければならないほどにアキトを好きであったということを雄弁に物語っていました。そして小池あかりにおける結末に向かうあの描写は、変にリアルさを感じさせて、恋愛というのは劇物だなあと改めて思った。そして、その描写が説得力を持ったものであっただけに、アキトの恋心の深まりも強く伝わった、そのように感じています。

『ママさん』は2巻で完結して、私はこの話はうやむやにされて終わるのかなあ、そう思っていただけに、あの真摯なラスト、意外でした。これまでに描いてきたことを、真面目に受け止めたラストであったと思います。大逆転やどんでん返しとは無縁の、すごく落ち着いた、それでいて確かな変化の感じられた、そんな終わり方はアキトと和美の関係にはふさわしいものだったかもなって思っています。すごく、あのふたりらしい。そんな感じが、読んでいる私にしてもほのかに嬉しい、とてもいいラストであったと思います。

  • 山田まりお『ママさん』第1巻 (バンブー・コミックス) 東京:竹書房,2007年。
  • 山田まりお『ママさん』第2巻 (バンブー・コミックス) 東京:竹書房,2008年。

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