朝起きて、だらだらして、雑誌でも買いにいくかあ、寒いけど。玄関を出たら、真っ白。雪がちらついて、アスファルトを薄く雪が覆って、残念ながら、わあ綺麗とか思えなかった。これから原付で駅前まで、無事たどり着けるかの心配のほうが勝ったんですね。
山を登る長い洞窟を抜けると雪国であった。屋内から開けたところへ出たときに、想像していたのとはまるで違った風景が広がって、驚かされることは珍しくありません。特に雪という、常にあるわけではない自然現象の場合はなおさらで、朝目覚めると雪景色。経験のあるという人も少なくないのではないかと思います。
さて、私と同じ年代、同じような環境に育った人なら、上のような驚きをゲームで味わったという方もいらっしゃるのではないでしょうか。『ドラゴンクエスト II』で、最後の最後、大詰め直前の大難関、ロンダルキアの洞窟を抜けたときの驚きです。緑の草原があって当然と思っていたのが一面の銀世界。あの、今思い出しても表現力に限界のあったファミコンで、しかも動きの少ないRPGにおいて、あれほどの効果を出した。きっと今のゲームしか知らない人にはわからない。あの一瞬の虚を突かれ、ああ綺麗だなと思って、コントローラを持つ手を止めた…。
あのときの驚きと感動を、私は今も忘れていません。
あの時、『ドラゴンクエスト II』は気を吐いていました。実質、日本におけるRPGのフォーマットを決定したのはドラクエで、その続編として大いに期待された『II 悪霊の神々』。私は中学生でしたね。教室ではもっぱらドラクエの攻略話ばかり。当時はファミコン攻略誌も花盛りで、どこも他誌よりも先に情報を載せて購読者を増やそうと躍起で、あまりに先を急ぎすぎる攻略記事にエニックスが訴訟に踏み切ったんでしたか。とにかくあの時、私たちは『ドラゴンクエスト』に夢中でした。
『ドラゴンクエスト II』は、今から考えればシンプルなゲームで、ストーリーも単純。イベントも多いほうじゃない。けれど、謎解きはそれこそノーヒントみたいなのもたくさんあって、私がとにかくつまったのは金の鍵のある漁師町ザハンで、ところがこの町、かなり初期に存在を明かされるのはいいんだけど、全然見つからない。できるだけ自力でクリアしたいと思っていた私でしたが、これは教えてもらいましたね。
私の自慢は、あの難しいといわれた水門の鍵のありかで、あれだけはきっちりと推理して発見したんです。いつの間にか逃げたという囚人。牢屋はしっかりと施錠されており、床を調べるも異常はない。じゃあ後は壁しかないじゃないですか。ええ、あの時、壁を押したときの衝撃。わお、ほんまかいな、という驚きと喜び。あれもまた忘れられないですね。
ロンダルキアの洞窟はとにかく困難で、この最上階を抜けたのはただの運で、もう引き返せないし、けどどう進んだらいいかなんてわからない。だから、ただやみくもに歩き回った。どこをどう進んだものか、出口に到達して、そしてそこに広がったのが雪景色。感動もするという話です。
まあ、感動しててもしかたがないので先へと進むのですが、なにもないと思った場所にほこらを見つけて九死に一生。あそこで回復と復活の呪文を聞くことができたのはまさに地獄に仏といった風情で、多分あの時サマルトリアの王子は仏になってたんじゃないかな。だって、雪景色は雪景色でも、点々と赤いものが混じる、ちょっと不吉な感じもある雪景色だったと覚えているものですから。
とにかく二人目の王子が死ぬんだよね。これで盛り上がることができるのも、当時ドラクエに熱中した人の多いからであるかと思います。あの時感じたいろいろを共有している人たちがいる。それもたくさんいる。
こういうことって、本当に嬉しいことであると思うのです。
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