『遠い夜明け』は父と一緒に行った映画で、試写会の券があたったかもらえたかで、どんな映画かわからないけどせっかくもらったんだからいってみましょうと、それくらいの軽い気持ちであったことを覚えています。映画の内容についてはまったく知らず、だから面白くなくってもいいや。新京極に出て、映画館の一階にはマクドナルドがあったから、当時はまだ高嶺の花だったビッグマックを持ち帰りにしてもらって、映画館で食べたのが楽しかった。私も父もあれを食べるのははじめてで、なんというか食べにくいの一言です。かぶりつくと、真ん中の段が向こう側に脱落するんですよね。と、こんな気楽な気持ちで臨んだものだから、映画のインパクトはこのうえもないものになりました。
『遠い夜明け』は、人種隔離政策がしかれていたころの南アフリカを舞台とした映画です。
この映画は1987年の公開で、私は中学生ですね。でも、中学生でもこの映画の内容、その中核となる部分は充分理解されるものであったと思います。小学校中学校の授業でも南アにおけるアパルトヘイトは扱われていましたし、当時の心ある中学生はそうした事実をちゃんと知っていたのですから。
人種による差別が実際に政策レベルでおこなわれている国があるのだというのはショッキングなことでしたが、なにぶん遠い国のことで、さすがにその実体がどうであったかは知らないわけです。せいぜい、バスやレストランが分けられているだとか、黒人は劣悪な環境の居住区に押し込められているだとか、それぐらいしか知らなかったはずです。
ですが、この映画は、そうしたおぼろげにしかなかったアパルトヘイトを具体的に見せて、私は、遠くの地に人間として生きることを剥奪されてしまっている人がいるということを、実感として理解した気がしたのでした。それは想像を絶するもので、ひどいと思った、許せないと思った。しかもこの映画はノンフィクションだものだから、映画を見終わったらそれでおしまいといったものではなく、私たち父子がこうしてレクリエーションに出て、なにごともない平和にまどろんでいる現実の裏に、アパルトヘイトという苛烈な事実はなお存在していたのです。
行きの気楽さとは打って変わって、帰路は口数も少なく、重い足取りであったことが思い出されます。
ですが、重い足取りといっても、それは見なければよかったというようなものではなく、父も私も見てよかったと、そして広くこの映画は見られるべきだと、そういう感想を持っていました。
後年、テレビでこの映画が放送されたとき、私は母と姉に見るべき映画だといって家族で見て、そして父もこの映画のことをしっかり覚えていたことを嬉しく思いました。今ではアパルトヘイトも廃止され、南アにおける人種差別問題は解決の方向に向かっていますが、それでも差別は依然残っており、それは南アという一国にとどまる問題ではないことを今の私は知っています。
ともすれば、今あるぬるい平和に甘んじがちな私ですが、それではいけないと、あの時、あの帰り道で思ったことはなんだったか、折りに思い出さねばならないなと、この映画を思い出すたびに自分の無知、不明を恥じます。
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