2008年4月4日金曜日

とめはねっ! — 鈴里高校書道部

  ああ、久しぶりに筆を持ちたくなっちゃったな、そんな気分であります。原因は『とめはねっ! — 鈴里高校書道部』。新刊が出ていましてね、ひろみ部長が表紙。わお、こりゃ表紙買いだ! じゃなくて、帰りの電車で読んだ、その内容が実に心躍らせるものでありまして、思い出したのです。字を書くって楽しいんですよね — 。難しいし、全然うまく書けないし、疲れてくたくたになるし、後片づけとか面倒くさいし、けどそれでも楽しいんですね。なんだか忙しくなったりして、だんだん筆持たなくなってしまったけれど、できることならまた習いたいなあと思っていて、うん、ペン習字はやりますよ。けど毛筆は、実用に向かいがちなペンとはまた違う世界があって、それはそれは面白いのさ。ほんと、なんとか習えないものかなあ。そんな風に思って二年くらいが過ぎました。

『とめはねっ!』3巻は2巻に引き続き、合宿編であります。主人公たちの高校とライバル校の書道部がお寺に泊まり込んでの書道合宿。なのに、ふたり主人公はときたら、線を引かされたり、丸を書かされたりと、まるで字を書くどころではなく、けどそうしたことで基礎を固めてさ、ようやっと字を書けるようになってさっていう、成長の過程が見えるっていうのはいいですよ。私も思わず、線を引こうかと思ったもの。はじめた頃はそれこそ縦画ばっかり書いていました。それが過ぎたら横画に移ってそればっか。そんなこと思い出して、また一からやろうかななんて思い出して、危ない危ない。けれど、そう思わせるのは、それだけの面白さを漫画の中で表現したからだと思うのです。

面白さ、それはやっぱり主人公の大江の立ち位置かなあと思うんです。カナダからの帰国子女である彼は、毛筆というものをまったく習わずに育ってきたのだけれど、達筆の祖母との文通で美しい文字を知っている。そんな変わり種である彼が、それこそ一から書に関わって、だんだんと書けるようになっていく。そのプロセスですよ。なにに対しても素直で、けれどどことなく自信なさそうにしている彼が、書の教師の言葉を聞き、教えを吸収していくという表の面があって、これもいいですね。そして裏です。女の子への憧れや、ライバルへの嫉妬? そういう感情がただでさえ頼りなさそうな彼をぐらぐらとさせるところがいい、ちょっとしたことをきっかけに勇気振り絞ろうと誓う彼の健気さ、それがいい。こうしたいろいろな出来事が彼の心に働き掛け、それでもって最後にはそうしたすべてが書に結実する、読んでいて実にそんな気にさせられるのですね。

特に3巻ではそうした印象が強かったです。彼が筆を持って半紙に向かおうとするシーン、それをあえて抑えることで、読むものの想像する余地を大きくしたと感じています。はたしてこの合宿を経て、大江はどのように変わったのか。その結果はすべて書かれた文字とその評に持ち越されて、ああ、そうかあ、大江はひとつ書に近づいたんだ、それを巧みに感じさせた見せ方はさすがでした。そして私はその一連のシーンを読んで、うらやましくなった。それはひとえに打ち込むということにつきます。書という、実に深い世界に打ち込み、そして結果を出す彼の姿に嫉妬ですよ。ああ、私もできることなら字を書く人になりたい。なんで一日は二十四時間しかないんだろう、なんで生物は夜眠るように進化したのだろう、なぜ人生は二度ないのだろう……、無茶なこと思うくらい。ああ、ひとつのことをなそうとするだけでも、人生はあんまりにも短いものだよ。その人生を無為に過ごすばかりの自分が、なにも生まず、なにも積み上げない自分がいやになった! ほとほといやになった!

まあそれはいいすぎにしても、ほんと、大江の書への向かい方、いいなあって思いました。

ここからはちょっと蛇足気味に。大江のライバルである勅使河原は、なんかすかした色男で、鼻持ちならないんですけど(読者にして登場人物に嫉妬)、今まで下だ下だと思ってきた、それこそ洟もひっかけなかった格下の相手である大江に追いつめられたシーン。あれは、よかった。そしてそこからの彼の行動、大江に追い越される可能性を生々しく意識して、なりふり構わず上達の道を知ろうとした彼の姿、それがよかった。もちろん書は競争じゃないし、それこそ自分自身を覗くようなそんな営為であるんだけど、それでもやっぱりあいつにゃ負けたくないってことはあるものね。そうした構図が一気に明確になって、ちょっと燃えましたわ。そして、勅使河原はじめとする他の面々に認められたことが大江の自信になれば、それをばねとしてさらに彼はのびるのだろうな。

ああ、うらやましいね。そう思ったから、書きたくなった。自分ものびる余地があるのならと、そんな大それたこと考えて、なんとか書くための時間を捻出できないものかなあと思った。そう思わせたのは、間違いなくこの漫画の力でありますね。書くということの魅力、楽しさを思い出させてくれる、そんな展開が嬉しかったです。

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