2008年4月28日月曜日

ふーすてっぷ

 岬下部せすなは、かわいらしいキャラクターとほのぼのとした雰囲気持った漫画を描くのに非常に長けた人で、『ふーすてっぷ』などはまさしくその本領の発揮されたというにふさわしい仕上がりであろうかと思います。内容はというと、社会から隔絶した環境に育った少女の更生もの。一口に説明してしまうと重く痛ましい設定でありますが、けれどこの作者独特のあたりの柔らかさはそうした暗さを払拭するに充分で、読んで得られる感触といえばむしろ人と人が出会い、交流を深めるというのはどういうことであるのかを再確認させるような、暖かで静かに染みる成長ものでありました。ヒロインは、闇の組織にて暗殺者となるべく育てられた風。外の世界を知らずに育った彼女は、組織から助け出された後、児童養護施設に入所し、自分の人生を取り戻すべく少しずつ歩みを進めていくのですが、その急がず着実に歩を進める様、それがよかったと思うのですね。

そして、その歩みを進めるということが、風のらしさを消し去るのではないというところが素晴らしかった。風は、人と触れ合うことで、自分で自分の歩み方を決められるまでに変わります。しかしそれは人が変わったということではないのです。風はあくまでも自分のらしさを保ったままでいます。ぶっきらぼうと感じさせるような物言いや淡々とした振舞い、普通なら欠点といわれかねないような要素をも残したまま、けれど足りなかったものを少しずつ得ていくことで、人間らしさを回復していく — 。この人間らしさとは、お仕着せの喜怒哀楽、作られたよい子像などとは無縁の、一人一人の真情に根ざすものであります。自分の心が求める喜びややりがい、そして誰かに認められ、誰かを認めるということの意味を知るということにほかならないと思うのです。そして自分を押し殺すのではなく、よさもわるさも、できることもできないことも、すべてひっくるめて受け止めることができた、そうした時にはじめて人は自分の一歩を踏み出すことができるのではないだろうか、こうした一歩を重ねることで、人は自分のありたいと思う自己像に近づいていくのではないか、そんなことを思わせてくれる物語でありました。

自分自身を受け止めるということ、それは自分のありのままを受け入れてくれる誰か、信頼できる誰かがいるということが大切なのだ、そういうこともまた思わせてくれる漫画であったと思います。風にとっては鉄平だったのでしょう。伝にとっては風であったのでしょう。自分のすることを後ろで見守っていてくれる。なにかがあった時には自分を助けるために動いてくれる。そうした安心感を与えてくれる誰かがいるということが、新しいことにチャレンジしようという勇気を後押ししてくれるのだと思います。そして、チャレンジが成功しようと失敗しようと、きっと迎え入れてくれる場所が用意されている。帰る場所があるということの幸いを知り、そこで得たものの大切さを知るからこそ、そのかけがえのないものをともに守ろうと思えるのだと思う。こうした気持ちが育まれ、受け継がれる、そのなんと仕合せにして喜ばしいことでありましょう。私が私らしくいられる場所、私らしくていいといってくれる場所を得ることのできる、そのことは本当の意味での安らぎを得られるということに同じであると私は信じるものであります。

だから、きっと風は仕合せなのだと思います。まだまだ発展途上の風は、きっとこれからも新しいなにかに出会いながら歩み続けるのだと思います。そしてその歩みの先には、よりよい風のらしさがあるに違いないという予感がする。なら、その先にたどり着いた風はいったいどのような女性になっているんだろうか、それを想像するだけでもなんだか嬉しい。嬉しくなるのは、今以上のハッピーがあるという予感にあふれているからなのでしょうね。

  • 岬下部せすな『ふーすてっぷ』(まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2008年。

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