今、改めて1巻から読み直してみると、あんまりにも印象が違っていて驚いてしまいましたよ。今は頭身低めの丸っこい、可愛らしさの前面に出た絵柄の『ひめくらす』ですが、当初はというと、頭身高目、わりあいかっちりと描かれた精悍な感じさえある画面であります。けど違うのは絵柄だけではなくて、そのネタの持って行き方も違うんですね。私はすっかり忘れていましたよ。これ、タイトルが『ひめくらす』なのは女子クラスだったからなんですね。で、その女子クラスに編入された男子苦手の女高生が主人公。元男子校という危険領域において、水野葵は生き残ることができるか!? という漫画です。
いや、でした。ってのはですね、当初こそは男子校設定も強く出されていたし、そして女子クラスの特異性 — 、女子校的空気も描かれて、いわば男子校と女子校を水野葵がいったりきたりするといったような、アップダウン激しいコメディであったのです。ですが、いつの間にか男子代表として直江が押し出されてきて、水野葵への恋心もつのれば、また水野葵の直江への関心もちょこっとずつ現れてきたりして、 — そうなんですよ。今や、運命に翻弄される男女の心模様に胸ときめかして読むような、そんな漫画になっているのです!
って、ちょっとごめん、ちょっと嘘。第2巻刊行現在における状況はというと、水野葵、男子に対する好奇心は持ちつつも苦手意識はなお強く、かろうじて直江だけはコミュニケーションが成立するという感じ。直江においては、水野葵に対する恋心をつのらせたあまり、その一念は尋常の領域を超え超常的センスにまで達しようというのに、驚くほど二人の関係には進歩がないという、そんな感じです。けど、直江の覚醒っぷりもすごいけど、その滑りっぷり、空回りっぷり、報われなさもものすごくて、またその直江に対してクールに突っ込み入れる名前の明かされない友人の視点が、読者のそれに重なって非常によく利いています。
この漫画のベースとなるのは直江と葵の関係だけではないんですが、ともすれば女の子たちの日常に起こるちょっとしたできごとのいろいろを見て、穏やかに楽しむ方向に落ち着いてしまいそうなこの漫画においては、直江とその友人の存在は非常に大きいと感じています。直江はその男性であるということにおいて葵の驚異となり、また超常能力によって積極的に関わってくるものだから、そこに動揺が生まれます。動揺が生まれれば話に動きも出て、女の子側の話、男の子側の話、このちょっと趣を異にする両者が出会うわけですから、その片側だけでは出てこない面白さが生き生きとしてきます。そして、これが一番重要なことだと思うのですが、こうした仕組み、こうした動きはパターンとしてできあがっているのです。ギャグには、単発では弱くとも、パターンとなって畳みかけられることでずっと面白さを増すようなものがあります。『ひめくらす』の直江パターンはまさしくそのタイプ。当初は通りすがりレベルのキャラクターだったらしい直江ですが、よくもここまで育ったものだと、なんだか身内の成長を見るような思いで彼のこと見てしまうのです。
あるいは、憐憫かも知れんけど。いや、だってね、作者がいうのよ。この漫画が続いているうちは、直江の仕合せになる余地はないんだってさ! いや、まあそりゃそうだろうなあ。とりあえず現在の黄金ともいえるパターンにおいて、彼の思いの成就する余地はないような気はします。
蛇足
そば屋の娘、鮎川みなみが魅力的です。クール系で良識あって面倒見よいしっかり者で、女臭さがあんまりないところがなおさらよく、けどわりと乙女っぽいところが見え隠れするのがチャームポイントだと思います。私は断然うどん派だけれど、彼女のためならそば派に乗り換えてもいい。って、冗談冗談。いや、けどどこまで冗談だかはわかりませんな。
蛇足2
第1巻にて高良カコ曰く、
まるで分かってない!
一人水の中を歩きながらうけるがんばれコール… 周回遅れへ容赦なく浴びせられる拍手と声援…
あんな残酷な羞恥プレイが許されていいのか!
そうだ! そうだ!! ほんと、その気持ちわかるよ! ほんま、ほっといてくれ! っていいたくなるよな!
引用
- 藤凪かおる『ひめくらす』第1巻 (東京:芳文社,2006年),74頁。
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