人間はとかく占いというものが好きですね。これから起こるできごとについて、漠然ながらも知りたいという思いは誰しもあって、一寸先を少しでも照らす手段として占いは用いられてきました。かくいう私も、占い師をやっていた期間がありまして、常設ではありませんでしたが、機会があらば、依頼があらば、タロットを手に占ってきました。クライアントを前にして、仕事やら恋愛やら、その他もろもろさまざまな悩みをカードの上に透かし見て、そして私はやっぱり占いは駄目だなと思うようになって、廃業してしまいました。やっぱりね、将来のことはわからんわ。わかるのは、その人の中で問題がどのように意識されているか、それだけで、だからなんだか心苦しくなって、やめたのです。というわけで、藤野恵美の『七時間目の占い入門』は、私にとってはちょいと他人事ではないテーマを扱っていたものですから、興味津々で読み進めることができました。
舞台は神戸というのもポイントが高かった。というのは、まあ私が関西在住だからというだけの話なのですが、家庭の都合で神戸に越してきた佐々木さくらがヒロイン。新しい環境でうまくやっていけるかと不安を胸に抱きながらの転校に、一筋の光明をもたらしたのが占いでした。これが物語のオープニング。占いに触れ、勇気を得ることができたさくらは、新しいクラスで自分の居場所を獲得するための手段として、占いを使おうと決めたのでした。
この本は、先日紹介しました『七時間目の怪談授業』のシリーズ二作目です。登場人物を刷新し、舞台も変更して、けれどしっかりとシリーズとしてのテーマは共通しています。それは懐疑するということ。この世にいろいろある不思議、怪異の類いを扱って、頭から信じ込んでしまうのでもなく、またかたくなに否定しようとするでもなく、まずは考えようと呼びかける。そういうしなやかな姿勢に健全さの感じられる物語が爽やかです。
しかし、私はこの物語をちょっと侮っていました。読んでみて驚いたのは、質の向上具合。前作に比べてもなお一層、深まりを見せるドラマが展開されます。『怪談授業』がギミックの面白さだとすれば、『占い入門』は人間のドラマの面白さじゃないかと思うのですが、この本は占いという不思議を中心のテーマに扱いながら、人間関係を築くことの大切さにまでリーチを伸ばしています。友達であるとはどういうことなのか、差別とは、そしていじめとは。あるいはモラルについてといってもいいかも知れません。占いを取っ掛かりにして、大人でもなおざりにしてしまうようなテーマがぼんぼん放り込まれてきて、私なんかは一瞬たじろいで、一息つくとともにやるなあという感想を持った。いやあ、本当、これはなかなかのものですよ。決して長い物語ではないし、必要以上に語ることもしないのだけれども、さまざまな事物が物語の中で繋がっていくことで生まれていく感情、問い掛け、そして大団円。ほんと、児童文学は侮れない。読んでいて気持ちよかった。登場人物は一人一人がその役割を十全に果たして、そして物語は充実する。追いつめられたもやもやが晴れすかっとするところがあれば、ずっと心に残っていたものが決着して新しい世界が開かれるような感じもあって、ほんと、これはおすすめ。読みごたえもあらば、感動もあって、そしてなにより著者が読者を信頼しているという、そういうのが感じられてよかったです。
前にもいってましたけど、このシリーズ、NHKが以前やっていたドラマ愛の詩みたいな感じで映像化されたら、HDレコーダー買ってでも見るだなんて思うくらいに期待するんですが、今の時代じゃそういうの難しいのかなあ。ぜったいいけると思うんですが、やっぱ難しいんでしょうか。
以下、ネタバレ。この本、ネタバレなしで感想書くのきついです(でも、ここからは馬鹿な話に終始します)。
最初、私はプリンセス・ひみこの占いの館に憤慨してたんです。だってさ、小学生相手に五千五百円のタロットを勧めるのは正直ちょっとどうかと。だって、ウェイトなら解説書付きで三千円だし、結構凝ったものでも五千円超えるのはそうそうないしさ。でも、まあこれくらいならと思ってたら、後で一万円超える水晶ペンダントを売っちゃったりして(まあ、これを売ったんはプリンセスじゃないけどさ)、こりゃやっぱ駄目だよ。そりゃ、一番やっちゃいかんことだよ。てな感じで憤慨してました。実はこの憤慨は結構後まで引いていて、ひみこが本性を明らかにしてからも、まだちょっとわだかまっていたのでした。
まあ、これはどうでもいい話。
この本は女の子向けで、また占いものでもあるから、避けて通れないのは恋愛で、美春ちゃんを巡る恋愛模様とかは、実は結構いい感じに盛り上がったりしてました(特に私の中で)。だってさ、美春ちゃんが追いつめられたとき、ここで助けられるのはお前しかいないっ、って思ったその小谷秀治が絶妙のタイミングで助けに入る! 待ってました、大統領! まさしく、美春のヒーローだよ、君は! ここで美春の状況を詳しく伝える描写こそはなかったけれど、この展開は燃えるわ。悪いけど、燃えるわ。
萌えるといえば(うわ、最低だ)、安倍野いよが強烈にお気に入り。肩のあたりでさらさらと揺れる真っ黒なおかっぱってだけでもポイント高いのに、しかも強烈な懐疑論者。クールでスマートで、けれどその奥に傷つきやすさを隠していて、ああもうどうしたらいいんだろう(いや、なにもしなくていいのは重々承知です)。笑ってる安倍野も、驚いてる安倍野も、泣いてる安倍野も素敵ですが、けど一番素敵なのは怒っている安倍野だと思います。
最後。この本の出した結論 — さくらの結論は、私が占い師をやっていたときにずっと思っていたことに重なって、だから実はすごく嬉しかったのです。私は、そんなつもりはなかったんですが、いいにくいような悪い結果でもずばずばいうタイプの占い師だったらしく、ずいぶん人の希望を打ち砕いたものでした。
あるとき役者志望の女の子がきまして、自分はその道に向いているかと聞かれました。占ってみると、残念ですが裏目です、苦労してもぱっとはしないでしょうという結果が出ました。だから、私はしぶしぶその旨告げたんですが、そうしたら駄目ですかと意気消沈して、やめたほうがいいんですねなんていう。おいおい、ちょっと待ってよと思った。なんでこんなあやふやな、なんの根拠もない妄言に揺らいでいるのか。駄目だとしたらその覚悟のなさだろうと、なんと言われようとあきらめない、石にかじりついてでもやり遂げようという意思に欠けているのが君の一番あかんところじゃないのか、といって小一時間説得して(いやな占いだな)、その後彼女からは、事務所に登録したりして、細々ながらも頑張っているという報告を貰いました。
人間が生きるということは、そつなく生きるとか、楽して生きるとか、そういうのんじゃなくって、自分が描いた夢を実現すべくいかに生きるかだと思うのです。苦労とか困難とかはなにをやるにも付き物だけど、けれどそれでも自分が善いと信じる道を歩き通そうという覚悟が、意思が大切だと思う。そんな私にとって、この本は、明るく強靱な希望と思いに満ちた物語のラストは、すごく共感の持てるものでありました。素晴らしかったと思う。こうしたテーマをわかりやすくまっすぐに心に浸透させる、すごく力のある物語であったと思います。
子供にも大人にもおすすめの一冊です。疲れたとき、へこたれそうなとき、不安なときにもいいかも知れない。そんな一冊です。
- 藤野恵美『七時間目の占い入門』HACCAN絵 (講談社青い鳥文庫) 東京:講談社,2006年。
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