2010年7月6日火曜日

つるた部長はいつも寝不足

 先日、書店の新刊コーナーに棚差しされていた、その背表紙にぐっと引き付けられまして、手にしてみたのでした。『つるた部長はいつも寝不足』。絵の具に汚れた、セーラー服のお嬢さん。この人がヒロインの鶴田さんなんですが、どうもいつも寝不足らしい。なんでか? そのヒントは帯にありまして、えっちんぐ!? いんぐ!? 進行形!? えっち進行形!!? もう、いったいなにをおっしゃってますか!? 表紙に見える、儚げな美少女像はページをめくるまでもなくガラガラと崩壊して、そして私は、ひとしきり考えた末にこの本を読もうと決めたのでした。

しかし、鶴田部長、美術部部長であるのですが、この人、決して絵がうまいわけでなく、なんとなく漫然と部活を続けている。そんな風にも感じられる人であります。しかし特筆すべき点があるのですね。非常に想像力が豊かなんです。しかも、なにをどうこじらせたものか、エロ方面いっぱいに偏っているっていうのですから強烈です。ちょっとしたきっかけで、膨らんだ妄想が頭をいっぱいにしてしまう。いやいやまずは落ち着こうよ、だから人の話をよく聞こうよ、私はそうやってつっこみながらも、鶴田さんの妄想内でエスカレートしていく事態に苦笑しないではおられない。これは面白いわ。なかなかに気にいったのですが、なにがいいといいましても、この鶴田さんの妄想っていうのが、あんた男子か! といいたくなるような類のもので、でも女子でもこういう妄想したりするのかなあ。作者は男性、私も男性、そのあたりの現実味はわかりませんが、かつて男子だった私としては、鶴田さんの妄想エンジン、そのかかりのよさには、にやりと笑って、なかなかと納得させられてしまうものがあるのでした。

しかし、鶴田さん、あんまりものを知らない。ために誤解してしまう。それが冒頭のエッチングであったりするわけですが、確かにエッチングでエッチのうんぬんっていうのは思いました。ただ私がエッチングを知ったのは、まだ性交渉をエッチと表現しなかった時代だったから、鶴田さんのようには考えなかった。でも、もし私が今の時代に鶴田さんと同じ年代を過ごしていたら、うん、きっと同じこと思ったろうと思います。でもさ、そこでその妄想にロックされちゃって視野狭窄おこしちゃうのが鶴田さんなんです。他の可能性に対し、目をつむってしまう。もう、エッチ進行形しか頭にない。鶴田さんの妄想エンジンは唸りをあげ、かくして彼女は悶々と夜も眠れず、保健室にて相談しては先生にまで誤解を振り撒き、そして美術室にて知らされる現実にうちのめされる。深く恥じ入り、自己嫌悪することとなるのでありますね。

この漫画は、そうした鶴田さんの妄想全開ぶりがいい仕掛けになっていて、楽しいは、面白いは、笑わないではおられないは、実によく引き込んでくれるのですが、しかし気になる男子、瀬戸くんに刺激されて、美術に対する意欲や楽しさを知っていく、こうした側面もあるから、ただ笑っちゃうだけの漫画じゃないんですね。瀬戸くんには瀬戸くんのドラマもあるようですし、また鶴田さんにも鶴田さんのドラマがある。ただ妄想してるだけじゃないのよ。なにかに打ち込んで、恋にどきどきして、そして自分自身を知り一歩一歩踏み出していこうとする、そんな時代の光景がまぶしいなって思える、まさに青春の漫画であるのですね。この多面的であること。実にいいなと思った。笑えて、そしてまぶしさに目を細めて、胸がいっぱいになる。魅力的な青春のスケッチである — 、なんて思える一冊でした。

  • 須河篤志『つるた部長はいつも寝不足』第1巻 (MFコミックス フラッパーシリーズ) 東京:メディアファクトリー,2010年。
  • 以下続刊

引用

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