2008年9月24日水曜日

世界史年表・地図

 世界史のテキスト日本史のテキストとともに買ったもの。それは、年表と地図であります。吉川弘文館の大ロングセラー! らしい。確かに、半世紀近くも前に出版されたものが、増補改訂を繰り返しながら世紀を超え、今にいたってまだなお売られている。多分、歴史を研究している人なんかだと、毎年改定されるたびに買い足していっているんでしょうね。そして、そういう人がいる限り、この本は刊行され続けるのだと思います。いわば基本的なレファレンス。歴史を学ぶには必携といっていい、それが年表ないしは歴史地図なのではないかと思います。

さて、私の買ったのは年表・地図、それぞれに刊行されている年表と地図を合本したものなのですが、正直この判断は誤りであったと思っています。なぜかといえば、ちょっと考えればわかるんですけどね、年表を見ながら地図を見られないんです。一冊、前半に年表があり、後半に地図がある。はたしてそれを同時に眺めることがあるのかどうかはこれからの勉強次第ではあるでしょうが、でも普通いっぺんに見たほうがいいですよね。その時代に起こった出来事を、時系列に従い俯瞰するのが年表なら、それを地理的な面から把握しようというのが歴史地図です。年表には物事の推移が現れ、地図にはその時の瞬間的な状況が描かれる。だから、両方持ったほうがずっと理解が深まると思われて、ゆえに合本版があるのでしょう。でも、使い勝手を考えたら分冊版が便利です。次買うことがあったら、絶対分冊にします。

年表というと、私は昔、二十世紀を概観する西洋音楽史年表なんてのを作ったことがあったのですが、まあこれは演奏会のプログラムに載せるものだからこれくらいが限界だったわけですが、もし可能ならもっとぎゅうぎゅうに詰め込んでやったら面白かったのかも知れないなあ。世界史年表見ながら、そんなこと思っています。だって、このぎゅうぎゅうに詰め込まれた年表見ていると面白いんです。今までばらばらに覚えてきた文化史や科学史、そして歴史的事件なんかが、同一ページに載せられているのを発見しては、意外に近い時期に起きていたんだ、それもものすごい昔の出来事だと思っていたものが、思っていた以上に近代よりであるんだな、そんな発見が楽しいんですね。

私はそもそも年号を覚えられないという弱点を抱えていて、だからなおさらこうして年表で示されることの異議を感じるのでしょう。西暦何年っていわれて、日本ではこんな時代、こんな事件があって、一方ヨーロッパではこんな時代、中国、アジアはこんな感じの出来事がありましたって、私はちっともわかりません。でも年表が手もとにあれば、そうした時代の把握が私にも可能となるのです。素晴らしい!

昔、日本史を専攻していた人間と話していた時に、日本の卑弥呼、邪馬台国についての記述があるとして有名な魏志倭人伝が、魏書、すなわち中国は三国時代の歴史書の一部なんだよと教えられて、まあこれって常識なのかも知りませんが、私には強烈な印象を残したのでした。そうか、中国で曹操、孫権、劉備が中原の覇権を巡って争っていた時、日本では邪馬台国が成立していたのか。ただそれだけのことなんですが、ただそれだけのことが私には意外で面白かったのですね。この面白さというのは、ばらばらにある知っていることが、関係性を持って繋がる、そこに発するものであると思います。

年表は年代と事象、事象と事象を結びつけ、歴史地図はそれを地理に結びつけてくれます。これらはなにもわからず漫然と眺めるのではなく、少しずつ知っていることを増やしながら眺めることで、ずっと面白くなっていくのでしょう。今はわからないことがわかるようになっていけば、読み取れることももっと多くなる。それがまた新たな理解に繋がるものと信じます。

思えば、こうしたことを学ぶことになっていた年代に、特に面白みを感じなかったというのは、私に必要な知識が備わっていなかったためでしょう。それが、今となっては、いろいろ読んだり聞いたりして、知るところが多くなった。つまり、結びつくものが増えたということですね。これ自体はいいことだと思いますが、それにしてもスロースタート過ぎるところが、いや、本当に惜しいですね。

  • 亀井高孝,三上次男,林健太郎編『標準世界史年表』東京:吉川弘文館,1962年;第45版,2008年。
  • 亀井高孝編『標準世界史地図』東京:吉川弘文館,1955年;第43版,2008年。
  • 亀井高孝他編『世界史年表・地図』東京:吉川弘文館,1995年;第14版,2008年。

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