2006年3月21日火曜日

メイプル戦記

 第一回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)にて日本が優勝! っていっても、実は私は予選リーグの時点ではほとんど興味がなくて、ちゃんと見たのは準決勝の日韓戦のみ(しかもこれも偶然だった)。決勝の日本キューバ戦は明日だと勘違いしていたから、九回裏からしか見てないという……、だめじゃん。でも、やっぱり日本が優勝したというのは喜ばしいことで、そんなわけで今回は野球に関する漫画を取り上げたいと思います。

といっても、私はそもそもがあんまりスポーツに興味があるほうじゃないから、野球に関する漫画も本も皆無といっていいくらいに少ないのですよ。野球漫画といえば川原泉の『甲子園の空に笑え!』、そして『メイプル戦記』。あとは『究極超人あ〜る』くらいかあ。あと、一冊大リーグものの小説を持ってた。ピッチャーがヒロインという話で『赤毛のサウスポー』といったっけ。

といった具合に、私の野球に関する蔵書は非常に偏っているのですね。

(画像はロスワイラー『赤毛のサウスポー』)

『メイプル戦記』も『赤毛のサウスポー』同様、ヒロインがピッチャーをつとめるという漫画でありまして、いやピッチャーだけじゃないな。チーム全員が女性であるというスイート・メイプルスが日本シリーズに向けて驀進する様を描いて、しかし内容は軽佻浮薄を装ってひたすら深く、そうして私はまたべそべそ泣くわけだ。

川原の漫画にいったいなにがあるというんでしょう。私は、先にもいったようにスポーツものにはあんまり興味を持てない人間だから、『メイプル戦記』というのが野球の漫画だと知ったときに少し腰が引けたのですよ。てっきりファンタジー系戦記ものだと思ったりなんかしたんですよ。ところが野球もの。でも買いますわな、ファンですから。で、読みますわな、ファンですから。そして私は自分の不明を恥じました。偏見によって狭く世界を見ているということを恥じました。

広岡監督(といってもあの広岡監督じゃない、この漫画の主人公広岡真理子監督だ)がおっしゃるんですよ:

…いーじゃないっすか 人間にはいろんな道があるんだから オカマになろーが オナベになろーが 本人の自由って事で…

いやいやどーせなら選択の幅の広い人生の方が楽しいザンスよ

やっぱ世の中面白くなくちゃ

そして私はこのフレーズだけで泣けるのです。私は世界を狭く見つつ、狭く小さく生きてきて、けれど最近はずいぶんと広く見渡すことができるようになってきたと思います。きっとおそらく、こうした資質を川原泉の漫画からも得たりしたというのでしょう。ええ、川原の漫画には小うるさくせせこましい枠組みなんてものを超えた大きさがあって、それゆえに面白く、それゆえに深く、それゆえに胸を打ちます。『メイプル戦記』でもそうです。野球というスポーツジャンルを描いて、複雑にして多様なジェンダーの問題、いやジェンダーなんて小さなカテゴライズじゃないですね、人間が生きていくうえでの大切なこととはなにであるかを表現していて、だから私は泣く、一巻冒頭から泣き始めて、三巻すべてを読み通すまで泣き続けるのです。

でも、どうか勘違いしないでくださいましよ。私が泣くのは、これがお涙頂戴だからじゃないのです。むしろその逆ではないかと思います。強い漫画です。しなやかにして強い漫画です。友情が描かれ、恋愛が、そして人の尊厳が描かれ、人が自分の人生を生きるということ、人が人に向き合うということの大切さが描かれて、この漫画は川原泉漫画の初期における集大成であると思うのです。

本当に集大成だから読んでみなさるとよいですよ。時系列にしたがって既刊を読んで、そしてこの漫画にたどり着くと、ああそうかとわかるものもあります。そして、そうした表にあらわれやすいものの向こうにも集大成があることに気がつかれると思います。ええ、大きくて広いよい漫画なのです。

  • 川原泉『メイプル戦記』第1巻 (白泉社文庫) 東京:白泉社,1999年。
  • 川原泉『メイプル戦記』第2巻 (白泉社文庫) 東京:白泉社,1999年。
  • 川原泉『メイプル戦記』第1巻 (花とゆめCOMICS) 東京:白泉社,1992年。
  • 川原泉『メイプル戦記』第2巻 (花とゆめCOMICS) 東京:白泉社,1994年。
  • 川原泉『メイプル戦記』第3巻 (花とゆめCOMICS) 東京:白泉社,1996年。

引用

  • 川原泉『メイプル戦記』第1巻 (東京:白泉社,1992年),45頁。

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