2005年1月9日日曜日

陽の末裔

 昨日一緒に食事をした人が中学時分のことを思い出して、ちょうどその頃はバブル好景気華やかなりし頃、女性の社会進出などが盛んにいわれた時代でありました。で、その人は家庭科のレポートでそうしたことを書いてみたところ、教師から、家庭に入るという仕合せもありますよといわれたのだそうです。目からうろこの落ちる思いがしたとの話でした。

私はいつも思うんですが、家庭に入るという仕合せももちろんあって当然で、けれどそれがこれまで不当にも、女性の仕合せとされてきた — なんでそれが男の求める仕合せであってはいけないのでしょうか。本当の理想は、男だ女だということにかかわりなく、その個々人が望む仕合せのあり方を実現できるということだと思うのです。

『陽の末裔』は、大正から昭和、敗戦にいたるまでの激動の日本を舞台とした、女性とその解放をテーマとした漫画で、ちょっと内容としては固いかも知れません。ヒロインは二人。ともに東北から紡績の工場へ、— 東京に出て、方や華族の華やかな世界、方や記者として女性解放運動に身を投じます。このまったく違った人生を通して、その双方が女性の女性として胸を張って生きる方法を模索し、あがき、一歩一歩進むという、その姿が感動的なんですね。

私は男性ですが、どちらかといえば女性の権利確立であるとか、そういう方面に興味があって、だから彼女らの足取りがあたかも希望であるかのように思えたのでした。考えてみてくださいましよ。世の中はだいたい男と女で二分されますが、そのどちらかになんらかの生きにくさが発生しているのだとしたら、きっともう片っ方にもいびつは生じているはずなんです。慣習やらなんとからしさやらが、本当ならあって当然のはずの可能性を狭めるんです。実際私は、自分が男であるということで、結果的に狭められた可能性があると思っています。同じように、自分が女だからやりたいことができなかったという人もあるはず。つまり私がいいたいのは、個々人の希望やその人らしさより優先して、外側からぎゅうぎゅう締めつけるみたいな枠組みとはいったいなんであるかということなんです。昔からそうだったというだけが価値の慣習の産物に、自分らしさや目指したいことが潰されるんじゃたまったもんじゃありませんよ。

女性解放運動やウーマンリブ、社会進出云々をいう人たちをうさんくさく思う人もあるかと思います。実際私も、そうした人たちの中に、女性は社会進出をはたすことで仕合せになれるという、新たな枠組みでぎゅうぎゅうになってしまった、不自由になってしまった人たちもあると思っています。

その点、この漫画はよかった。この漫画は、社会進出やなにかをテーマにしながら、それだけではない膨らみを持っています。それは華族の世界における咲久子の戦いに見ることができるでしょう。奔放に、ときには利己的に生きる彼女は、はたしていかなる結果をつかんだのか。そして、咲久子の生き方を友人の卯乃はどのように受け止めたのか。

私は、あのラストに、まったく違った世界へ身を投じ、まったく違うやり方で戦ってきた二人が、本当はともに戦ってきた同志であったことを知ったのです。人には人それぞれの生き方があり、人それぞれの仕合せのあり方がある。私は深く胸を打たれ、本当にそのようになればよいと心から願ったのでした。

市川ジュンは目立ちはしませんが、佳作良作の森です。なかでも『陽の末裔』は、燦然と輝く、一個の太陽のようであります。

  • 市川ジュン『陽の末裔』第1巻 (文庫版コミックス) 東京:集英社,1996年。
  • 市川ジュン『陽の末裔』第2巻 (文庫版コミックス) 東京:集英社,1996年。
  • 市川ジュン『陽の末裔』第3巻 (文庫版コミックス) 東京:集英社,1996年。
  • 市川ジュン『陽の末裔』第4巻 (文庫版コミックス) 東京:集英社,1996年。
  • 市川ジュン『陽の末裔』第5巻 (文庫版コミックス) 東京:集英社,1996年。
  • 市川ジュン『陽の末裔』第1巻 (YOUコミックスデラックス) 東京:集英社,1987年。
  • 市川ジュン『陽の末裔』第2巻 (YOUコミックスデラックス) 東京:集英社,1987年。
  • 市川ジュン『陽の末裔』第3巻 (YOUコミックスデラックス) 東京:集英社,1987年。
  • 市川ジュン『陽の末裔』第4巻 (YOUコミックスデラックス) 東京:集英社,1987年。
  • 市川ジュン『陽の末裔』第5巻 (YOUコミックスデラックス) 東京:集英社,1988年。
  • 市川ジュン『陽の末裔』第6巻 (YOUコミックスデラックス) 東京:集英社,1988年。
  • 市川ジュン『陽の末裔』第7巻 (YOUコミックスデラックス) 東京:集英社,1989年。
  • 市川ジュン『陽の末裔』第1巻 (アニメージュコミックスオリジナル) 東京:徳間書店,愛蔵版,1994年。
  • 市川ジュン『陽の末裔』第2巻 (アニメージュコミックスオリジナル) 東京:徳間書店,愛蔵版,1994年。

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