人間には過去があって、それと同じくらいの大きさで未来があって、そのふたつを繋ぐ今に私たちは生きているわけです。山下和美の短編集は、そうしたことを描きながらも実に自然で、肩ひじ張っていない。けれど深い。本当に力のある作家であると思います。
短編それぞれは全然違った表現の仕方をとりながらも、その根底に流れているテーマは奇妙に整っています。これは多分、山下和美という人が持ち続けている問題意識 — 過去をないがしろにしないこと、未来を志向すること、そして今を生きること — が、背骨のようにして、揺るぎなく通っているからなのでしょう。
山下和美は、無邪気な女の子も、くたびれてけれど時に気骨を見せる親父も、傷ついた女も、謎めいた女も、生活に疲れてしまった女も、そのどれもを実に魅力的に描くんですね。特にこの人の描く男性がかっこいい。若い男を描いても良いけど、特におっさんがかっこいいんです。巷にあふれる、見栄えだけ取り繕って中身は判で押したようなナイスミドルとは一味も二味も違って、たどってきた人生の道筋が感じられるような人間の複雑さが感じられる。これは、特に短編集の二本目「ROCKS」に顕著であるでしょう。
いや、ほんと、恰好悪いおっさんのステレオタイプをそのまんま主役に置いてですよ、情けなさや哀愁をいやというほど感じさせた後に、あそこまでかっこよく変貌させるというのはとんでもない業です。風貌なんかはそのままなのに、とにかく人間が生きている。精神が溌溂として燃焼している。山下和美らしいダイナミックさは、漫画にしてそのまんまロックです。近頃の自称ロックが、過去のロッカーが積み上げてきたイコンを借りただけの張りぼてなのに対して、山下和美は精神そのものがロック。たまたま表現方法が漫画だっただけで、その中身は躍動するビート、オーバードライブするサウンドのあふれるロックそのもの。— だからか、山下和美の描く男が妙に色っぽいのは! 本当のロックミュージシャンを見ると、普通じゃない色気がありますからね。
本当は山下和美の描く、芯が強くミステリアスな女性の魅力について書くつもりだったんですが、なんでかおっさんの話になってしまいました。
でもまあ、山下和美の女性については、以前もちょっと書いたから今回はいいや。今度、機会があったらその時に書くことにします。
- 山下和美『山下和美短編集』(モーニングKC) 東京:講談社,2002年。
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