推手というのは中国武術の対人練習の方法で、互いに触れ合わせた手の甲を推したり引いたりして、攻撃を受けて流し、相手のバランスを崩し、そして触れた手から敵の動向を察知できるようになるための訓練です。
映画『推手』は、息子に誘われてニューヨークに移住した太極拳の老師が体験するアメリカ社会を描いているのですが、このアメリカというのは決して明るくもばら色でもありません。老人社会と移民の問題が全面に押し出されて、ともすれば社会的弱者になりやすい彼らの生き方がクローズアップされているのです。
映画は主に主人公とその息子夫婦の家庭で展開する、ファミリーストーリーなのですが、太極拳家の老人が家庭の中で居場所を失っていく哀愁がなんともいえず胸に迫るんです。老人は年をとってからアメリカにきたので英語ができません。そのせいでアメリカン人の息子の妻とうまくコミュニケーションをとれず、不和は広がり、そしてうまく追いやられようとされるのは老人のほうなのですね。
ですが、この老人はよいケースなのです。老人には学もありそしてなにより太極拳があり、映画のクライマックスではカンフーマスターの面目躍如、大活躍を見せるのですが、結局この大乱闘にまでいたったのには老人がどれほどこの街で鬱屈して暮らしていたかという、そのせいだと思うのです。ひとりの人間として誇りを持って生きるということが困難になったとき、老拳士ならずとも自分はここにあると主張したくなるのではないでしょうか。一歩も引かない老師の姿には、人間の尊厳が感じられます。
ひとつの家庭の物語であるとはいいましたが、この家庭は当然アメリカの縮図であり、そして私たちにも関係のないことではないのです。様々な立場にある人たちが、それぞれを尊重しつつ、よい関係を築くことができるようにという、そういう願いさえも感じられるラストは、静かですがそれだけ深く心に通るのです。
お願いです、DVD出してください
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