2012年12月3日月曜日

のぞむのぞみ

 最近は女装なんていうのもポピュラーになっている、そんな印象もありますが、いや、女装でベース弾いたりね、さらに踏み込んで性別の転換ものなんていう漫画小説なんかも人気なのだそうですよ。『チェンジH』という、性転換、いやTSといった方がより適切だと思う、そういうテーマでのアンソロジーが刊行されておりました。今日とりあげる『のぞむのぞみ』も『チェンジH』に掲載されていたタイトルです。『チェンジH』には、そのものずばりTSものからTVもの — 異性装まで、わりと広いジャンルを扱って、さて『のぞむのぞみ』はといいますと、野球少年が罰ゲームで女装させられて、それで……。一見女装ものかと思いきや、そうではないというのが見どころです。

野球少年田尾のぞむ。チームがコールド負けを喫した、その罰ゲームとして女装させられたのはいいけれど、もともとが中性的な見た目ののぞむ。見事に女の子っぽくなってしまって、気になってる女の子の服を着せられてドキドキ、さらには女の子と間違われて、それが無性に嬉しくて、ええ、女装に目覚めてしまうんですね。妹の服をこっそり着てみる。男らしさを期待する父の手前、やっぱりおかしい、もうやめよう、そう思った矢先に異変がおきるというんですね。性別が転換してしまっていた。どう考えてもおかしい、これは夢なのか、そう思って一晩寝ても状況に変化はなかった。男だけど女になって、女の体のまま男として暮らしていかなければならなくなった、というんですね。

妹香苗の存在がいいですよ。兄貴が自分の服持ち出して女装してる。一体なにに使われたのか、最初こそ抵抗感じたけれど、女装しているだけと知って支援者になる。ええ、この子にもこの子の事情があるっていうんですね。女の子らしさを求められるけれど、買ってもらう服だって好みと違うカワイイ服ばかり、本当に着たい服は買ってもらえない。だから交換条件、自分に与えられる服は兄貴に、代わりに兄貴の服は自分に。ええ、香苗は香苗で、御仕着せの女の子像から脱却したいと思っている、そんな子であるのですね。

自分の性に、いや性のイメージといったほうが正しいかも知れません、求められる女性像、男性像に違和感を感じる登場人物、それが何人かいるのがテーマに深みを与えている、そう感じています。主人公のぞむ、少年野球に汗を流す、マネージャーの井出さんに恋心を抱いている、けれど同時に女の子になりたいという願望を隠していた、そんな少年。のぞむの妹香苗、両親からは女の子らしさを求められるけれど、そういうのは好きじゃない。黒とか青とか、そういう色が好き。ランドセルだって紺色ですよ、かっこいいよね。着る服も、シャツ、トレーナー、ズボン、すっきりさっぱりとして、フリルなんてごめん、そうした女の子。いや、めちゃくちゃ可愛いよ、ってそういう感想はいいとして、最後に井出さん。井出由佳、野球チームのマネージャー。女の子ながらさばさばとして、活発で、オトコ女だなんていわれたりしている。けど、この子はむしろ女の子でありたいんですよね。女らしくない、そうしたイメージ持たれてるけど、本当はそうは思われたくない。だから力仕事とかしてる、そうしたことを男の子たちには内緒にしたい。ええ、自分の望むありかたと、求められるイメージや周囲からそう思われてる自分像に違和感もっている子たちの物語ともいえるのですね。

ありたい自分になるべく奮闘するか、あるいは求められる像を受けいれていくか。しかし、のぞむの場合はそうはいっておられないわけです。なにしろ体が女のそれに変化してしまってる。誰にも知られるわけにはいかない。今は薄い胸もいつか育つんじゃないか、そういう不安があり、また学校でも、トイレですね、合宿となれば風呂とか、ばれそうな機会はたくさんある。なぜこうなったのか、もう戻れないのか、不安や慣れない体への戸惑いを抱えながら、妹に連れられて女の子の格好で外出、その先で女の子コミュニティにまぎれこんでみたり、また少年野球ではショートとして声出して頑張っている。違う状況に置かれて、また違う自分の姿が見えてくる。香苗が思う、どちらが本当の兄貴なんだろう、ええ、多分どちらものぞむなんでしょうね。男っぽいのぞむも、女の子になりきっているのぞむも、両性のらしさの間で揺れている、そうした年代特有のらしさであるかも知れない。本来の男性としての性と、突然もたらされた女性という身体の性、特殊な設定にコメディらしさも保ちながら、どちらの性も捨てられなくなってしまったのぞむ/のぞみのありかたが、ある種のシリアス味も帯びながら受かびあがってきます。

しかし、野球男子たちのホモソーシャル的社会、裏DVDを持ち込んで観賞大会からマスターベーション大会に移行するとかね、ああ、私にゃ無理だわ、こういう関係性、なんて思ったりしたんですが、のぞむにとってはどうだったんだろう。もちろん、今の女性の身体ののぞむでは参加できるはずもない。じゃあ、男子のぞむならどうだったんだろう。参加したんだろうか。また女性の身体に影響されてか、男子に、特に憧れの先輩に憧れではない感情、感覚を抱いたり。こうした揺れ動きは、女性の身体ならではというものでもないはずですが、女性の身体であるということで、この感覚を自然に受け入れやすくなっていると感じる人もあるんじゃないかと思われて、のぞむの置かれた状況に自分のありようを思ってみたり、またのぞむの気持ちのゆき先にドキドキ、そしていつか秘密がばれちゃうんじゃないかとハラハラするのですね。最後にはきっと男の子に戻るだろうのぞむ、そのとき彼のうちに生じる思いはどういうものなのだろう。読んでいる私にしても、いろいろと思うことの多い、揺れ動く気持ちの物語。彼ら彼女らの思い、気持ちが、この先がどうなるか、描かれかたもまた楽しみと思ってしまいます。

  • 長月みそか『のぞむのぞみ』第1巻 (TSコミックス) 東京:少年画報社,2012年。
  • 以下続刊

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