九州男児の『ネコ侍』は面白いよ、そういう評判を聞いて探したのは2007年4月のことでありました。けれどショックなことに、出版社が倒産したとのことで入手困難品となっているとかで、かなり品揃えのいいその店でも払底していました。店員さんにうかがえば、リブレ出版が引き受けて後々出していくだろうというお話。そうかあ、ならそいつを待とうか。数店探してどうしても見つからないから、いつか出る新装版を待つことにしたのでした。そしてそれから一年と半年、書店の新刊平積みに念願の『ネコ侍』を発見ですよ。ああ、ついに読める。野郎盛りの乙女侍 今日も理想の雄を狩る!!
ネコ侍伊福部
読んだ。面白かった。いや、しかし、本当に面白かったです。
私の中で九州男児は、かなり理屈に傾いた作家という印象があったのですが、その印象が一気に取っ払われたといった感じであったのですよ。私が知っていた九州男児の面白さといったらですね、心理学なのか動物行動学なのか、あるいはジェンダー論であるとかマッチョ思想であるとか、そうしたなんらかの理屈を持ち出してですね、一見無理とも思える展開を裏付けるおかしさ、あるいはそれら理屈をひっくり返してしまうことのおかしみ、そういうものであったというのに、『ネコ侍』はものすごくシンプルな話の運びをして、しかもそれがべらぼうに面白いのです。基本は、恋慕して振られるの繰り返し。毎回、紆余曲折を経て訪れる山場、いよいよヤマトの願いやかなうか! と思ったところで、華麗に裏切ってみせるその展開の妙ったら最高でした。いや、裏切られるのはヤマトの積年の夢であって、読者からしたら待ってました、ってなものであるのかも知れませんね。しかし、様々なパターンを駆使し、見せ場に向かって盛り上げる手は王道、そしていよいよ果たされるかというところで急転直下、落ちに突っ込む流れは九州男児の持ち味が発揮されて、素晴らしかった。本当、これ面白いよとおすすめされた、そのおすすめという理由もわかろうというものでした。
さて、これは書こうか書くまいか迷ったのだけど、まあいいや書いちゃおう。ヤマトの夢というのはですね、三十路までに処女を捨てること
なんだそうでして、そう、ヤマトは受けなのですね。ゆえにネコ侍。理想のタチを求めて行脚するも、誰でもいいというわけではなく、己を倒した男にこそその操を捧げようと
かたく誓って、ああいじらしいじゃないですか、この乙女心。でも、かたく誓っていたはずなのに、追いつめられればだんだんに手段を選ばなくなり、さらにはなりふりも構わなくなり、しかしその醜態、暴走するヤマトの面白いことったらなかったです。普段の台詞のやり取りにさしはさまれる、台無しないしは明け透けな一言も面白いのだけど、やっぱり一番は心からの叫びよな。傷心のヤマト、いややけっぱちなのかな、どっちでもいいんですが、彼のそのまっすぐさは妙に引きつけるものがあって、いやそうじゃない、いつだって彼は魅力的でした。彼が魅力的だったからこそ、彼の夢がかなうことを望んだのだし、彼が魅力的だからこそ、彼の夢がかなって物語が終わってしまうことをことさらに怖れていた、そんな風にも思えるのですね。
ちょっと追記。新装版は、旧版に博多編、あとがきを加え、だからもう少しヤマトの活躍が拝めます。しかし、博多編、のっけから大笑いなんですが、というかこのお相手のエピソード、ちょっと勝海舟を思い出しました。実際のところ、勝は無事だったんですが、いや待てよ、江戸時代の珍事件を集めた本が家にあったんだけど、そこにそんな話が載っていたような気がする。九州男児も、そうした珍エピソードをもとに発想しているのかも知れませんね。
引用
- 九州男児『ネコ侍』(東京:リブレ出版,2008年),カバー。
- 同前,カバー。
- 同前,4頁。
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