2008年7月9日水曜日

コンシェルジュ

   書店にいったら『コンシェルジュ』の新刊が出ていて、そりゃ買うに決まってますよね。『コンシェルジュ』は今年出会った漫画で、読みはじめてからそれほど時間は経っていないのですけど、そうした時間の短さを感じないほどにはまってしまって、もう大好きです。今、面白い漫画はなにかと問われれば、これが出てくることは間違いなく、そして今日発売の13巻、これがはじめての新刊購入。やっと追いついたって感じですね。

以前にも私はこの漫画を絶賛しているのですが、その際にこんなこといっていました。

キャラクターが生きている、それは絵の力でしょう。個性、性格が立ち居振る舞いから読める。キャラクターの登場時に見られるぶち抜きの立ち絵は、そのキャラクターの魅力を前面に押し出したピンナップ的サービスでありながら、その実、彼彼女はこういう人なのですよ、そして今この人はこんな気持ちでいるんですと告げる紹介であるのです。

第13巻収録の「冷たい肖像」、それがまさにそうした話で驚いてしまいました。人間の内面はしぐさに表れる。ならば、しぐさを見ればその人となりは知れる。これを説明する漫画家有明光成は、複数の人物のしぐさを例にあげて、その内心を分析してみせて、けどこれって漫画家藤栄道彦の種明かしのような気もして、ちょっと面白かったです。俺達漫画家はそういうことも当然考えて描いてるんだぞっていう自負みたいなものが感じられて、けどそれは充分に自負していいと思います。だって、その試みにおいて、この漫画は成功していますから。私は、涼子さんの弟達也をはじめて見付けた時の谷さんと国広さんが大好きで、あのうきうきとして歩いてくる様子、ものすごく魅力的じゃないですか。そういうのがこの漫画には本当に多くって、エピソード中でメインを張ったことのないようなキャラクターでも、それこそほとんど台詞が与えられないようなキャラクターでも、すごく身近と感じられるのは、こうした絵の端々に語られる人柄のためでしょう。フロントの芳野さん、バンケットの石和さん、皆それぞれに魅力的で、そして芳野さんはついにおまけ四コマの扉ゴマに登場。やったぁ。って、そういえば連載の始まったころは度々やったぁといってた涼子さんですが、最近減りましたね。成長して、落ち着かれたか。いや、それもまたよしです。

私がこの漫画に魅かれるのは、キャラクターの魅力というものもありますが、それ以上にストーリーが大きいと感じています。いや、ちょっと違うな。この漫画に関しては、キャラクターだけ、ストーリーだけという切り分けはしにくいと思います。キャラクターが、ストーリーが、有機的にかかわり合いながら動いていると、そんな風に思わされるのですよ。キャラクターに魅力があるのは、それが単体ではないから。ストーリーが、舞台が、そして他のキャラクターとの関わりが、彼彼女をよりチャーミングに変えているのだと思います。そしてそうしたキャラクターの存在が、ストーリーに躍動感や説得力を与えるのだと、そんな風に思うのですね。

エピソード中で語られる出来事が、登場人物に働き掛けている、そういう実感が得られるのは、読んでいて実に心地いいものです。「機械の可能性」における金城、「最高の風景」における小姫さん、素晴らしかった。直接に語りかけられたわけでもないのに、そこに語られている意味を自ら見出し、自身の可能性を開く金城。後者においては、自ら変わる可能性を閉じようとした小姫に対し、及川サブチーフのかけた言葉が素晴らしい。言葉少なに、私はあなたを信頼していると、だから越えてみせなさいと告げる、そんな言葉に、ああ、この人もいいキャラクターだ。ああいう上司のもとで働ける人は仕合わせだ、そう思わないではいられない。そして、小姫さんは見事越えてみせるのですね。

越える — 、ただ一人で変わるのではない。この漫画に出てくる皆がそう。出会った人、顧客、同僚、上司、協力者、多くの人の影響があって、そして変わる。それは、影響を受け入れる素地がある、変わる準備ができている、そして誰よりも自身が変化を望んでいるから。その伸びようという意思、自分の無力に落胆し、打ちひしがれようとも、歩もうとする意思、そういう心意気がひしひしと伝わってくるから、納得もするし、共感もする。感動もすれば、近しくも感じるというのでしょう。そして、私も変に影響されて、がんばろうって思えてくる。うん、立ち止まってなんかいられないもんな。

あ、そうそう。四コマ読んで、あの涼子さんの姉っぷりのリアルさ、すごいですよ。私の姉もあんなでした。当座使わなくなったものを、やるっていって私に押し付けるのですが、わかってるんですよね、私がそうしたものを捨てずにとっとくってこと。で、また必要になったら、返してっていって引き出していくんです。

他にも涼子さんの行動には、姉の弟に対する理不尽があふれていて、実に素敵です。作者には姉がいらっしゃるのかしら? いずれにせよ、達也登場後の涼子さんの株はうなぎ登りです。というか、バイト先なんていくらでもあるのに、あえて姉のいるホテルで働こうという達也君、君は本当にお姉ちゃん大好きだな。いやいや、そんなに否定しなくていい、本心はお見通しだから — 。実際の話、彼のお姉ちゃん愛には感服しますね。私には真似のできない領域です。

  • いしぜきひでゆき,藤栄道彦『コンシェルジュ』第1巻 (BUNCH COMICS) 東京:新潮社,2004年。
  • いしぜきひでゆき,藤栄道彦『コンシェルジュ』第2巻 (BUNCH COMICS) 東京:新潮社,2004年。
  • いしぜきひでゆき,藤栄道彦『コンシェルジュ』第3巻 (BUNCH COMICS) 東京:新潮社,2005年。
  • いしぜきひでゆき,藤栄道彦『コンシェルジュ』第4巻 (BUNCH COMICS) 東京:新潮社,2005年。
  • いしぜきひでゆき,藤栄道彦『コンシェルジュ』第5巻 (BUNCH COMICS) 東京:新潮社,2006年。
  • いしぜきひでゆき,藤栄道彦『コンシェルジュ』第6巻 (BUNCH COMICS) 東京:新潮社,2006年。
  • いしぜきひでゆき,藤栄道彦『コンシェルジュ』第7巻 (BUNCH COMICS) 東京:新潮社,2006年。
  • いしぜきひでゆき,藤栄道彦『コンシェルジュ』第8巻 (BUNCH COMICS) 東京:新潮社,2007年。
  • いしぜきひでゆき,藤栄道彦『コンシェルジュ』第9巻 (BUNCH COMICS) 東京:新潮社,2007年。
  • いしぜきひでゆき,藤栄道彦『コンシェルジュ』第10巻 (BUNCH COMICS) 東京:新潮社,2007年。
  • いしぜきひでゆき,藤栄道彦『コンシェルジュ』第11巻 (BUNCH COMICS) 東京:新潮社,2007年。
  • いしぜきひでゆき,藤栄道彦『コンシェルジュ』第12巻 (BUNCH COMICS) 東京:新潮社,2008年。
  • いしぜきひでゆき,藤栄道彦『コンシェルジュ』第13巻 (BUNCH COMICS) 東京:新潮社,2008年。
  • 以下続刊

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