2008年7月8日火曜日

あなたが主役になった時

  松山花子の四コマは、辛辣といえば辛辣だけど、読めば、ああ確かにそうかも知れないと思わされるとこも多分にあって、だからこれは辛辣というよりはむしろ真っ当なのだと思っています。ただ、身も蓋もないということにかけては折り紙付き。通常ならば、建前だとか世間体だとか、あるいは普通はそうだからという思考停止によって、言及されることのない暗黙の諒解ごとが、ぺろんとあからさまにされて、それが妙に快感なのです。基本的にはストーリーを持たない一ネタ完結スタイルの漫画だから、何巻から読んでもいいし、どのページから読んでもいいという、そういう気楽な付き合い方ができるのは御の字で、けれどまとめてがっつり読めば、準レギュラーとでもいうべき人たちもいるとわかります。いわばシリーズとなっている彼ら彼女らの主張、歪んだ認知、偏った認識、性癖がもう楽しくって仕方がなくて、そして時に突き刺さる正論。松山花子、好きだわあ、ひしひしと思います。

この漫画における正論ってやつは、なにもそれがいつも正しいわけでなく、正論ではあるけれど、そうであるがゆえに駄目ってケースも散見されて、こういうところがうまいなと思うんですね。結局の話、常識や普通というものは、その文化においてそうと取り決められているに過ぎなくて、だから突っ込んで考えれば、あるいはちょっと外の世界を見渡せば、その正しさとやらが危うくなってしまう。その、前提が転倒してしまうような感覚、それが楽しいのですね。正しいなんて、大抵はその人の思い込みなんです。そして私もそうした思い込みの強い人間ですから、松山花子の漫画を読んで、思い込みを補強してくれるようなネタがあれば素直に喜び、思い込みを崩してくれるネタがあれば、そうか、確かにそうだよなあと、その思い掛けなさに喜ぶ。どちらにしても喜ぶんだから、いっそ外れがないといえますね。

松山花子の作風は、よくいえばあまりぶれがなく、悪くいえばパターンが決まっているから、好きな人はどれをとっても面白く読めるだろうし、そうでない人はひとつ読めばもう充分、そんな感じであるかも知れません。そして私は好きの部類であるから、この人の漫画は四コマの系列からコマ割り、BLの系列までちょこちょこと手を出しては楽しんでいるのですが、やっぱりそのどれもがにやりとさせられること必至で、面白いんですね。もちろんパターンがあるといっても、どれもが同じわけでなく、ジャンルジャンルに面白さは違っていて、けれどやっぱりベースになるテイストもあるわけで、『あなたが主役になった時』なんかはどうかというと、シニカルなネタにおける松山花子のエッセンスが詰まった漫画であると思います。

フェミニズムから男尊女卑まで、等しくなで切りにして見せたかと思うと、ホモネタがやたら出てきたり、女の(歪んだ)本音が語られたり、かと思ったら男の行動、言動が揶揄されたりする漫画です。もちろんそれらがすべて、作者のいう正しさや理想だったりするわけじゃないですよ。作者はシニカルやナンセンスを武器にして、自分の内部であろうと外部であろうと、切るときゃ切るし、おちょくる時にはおちょくってみせるんです。正義でもって切るんじゃない、そもそもその正義ってなんなのよっていって切るんです。こうした姿勢にある種の平等さが見えるものだから、正論っぽいぶった切りがあっても、歪んだ欲望の歪んだ現れがあっても、自分を棚上げしての勝手な言い分とは感じない。外部に対して厳しく踏み込んだ分くらいは、自分の内側に向けてもやっちゃってますからね。私には、作者の態度は潔さと感じられて、好感が持てます。そしてこの性質があるゆえにべたつかない。変に後を引かないし、すっきりと面白がらせるだけ面白がらせてくれる、そういう取っつきやすさが生まれることにもなるんだろうなって思っています。

2 件のコメント:

水島猫月 さんのコメント...

matsuyukiさんのレビューを読んで3巻目だけ買ってみましたが面白かったです。
1・2巻も折を見て買ってみたいです。

matsuyuki さんのコメント...

面白いとのこと、よかったです。こうした、どこを切り出して読んでも大丈夫というのは、取っ掛かりがよくていいですね。

さて、私は松山花子に結構やられてしまっているようです。だんだんと、別名で発表されている漫画にまでシフトしています。そちらも面白くて、やっぱり自分はこの人の漫画が好きなんだなと思わずにはいられないところです。