2008年2月11日月曜日

クロジとマーブル

 気付けば私が猫好きなのは、四コマというジャンルに長く居着いているからではないのかと、そんな風に思うのは、四コマ漫画において猫漫画は確固とした位置を確保しているからで、そこでは猫と飼い主の関わりや、猫各個体の個性の違いが、時にコミカルに擬人化されて、時に観察をともに現実味もって描出される、そのバリエーションが楽しいのですね。そこに現れる違いは、猫の個性もありますが、やはり作家性じゃないかそんな風に思うものですから、好きな作家のものともなればやはり読みたくなってくる。というようなわけで、『クロジとマーブル』、当然のように購入しています。

そして読んでみて、ちょっと意外な感じがしたのです。というのは、私の富永ゆかりという人に対する印象のためでして、ちょっとナンセンス加味されたギャグを交えてコメディ展開する人、そんな風に思っていたからなのですね。『クロジとマーブル』に関しては、コメディタッチはあるけれど、ナンセンス風味、そしてギャグといったものは控えめで、逆にというべきでしょうか、ヒロインにして二匹の飼い主である宮野みやの境遇、これが結構シビアです。就職浪人中、バイトによって生計を維持しているという、聞くも涙、語るも涙の物語。働きにいく先も実にリアリティあふれていて、1分間に3冊本を箱につめていただく作業です、ああー、話に聞いたことのあるあれかあ。けど、もちろんバイトはこれだけではなくて、思いついた頃に違った職種、いろんなものが出てきまして、安定せず大変な日々を送る宮野さんですよ。そしてそんな日々に潤いを与えてくれるもの、それが二匹の猫、クロジとマーブルであるのですね。

クロジ、そしてマーブル。この名前はそれぞれの模様からきているのですね。真っ黒のクロジ。マーブル模様のマーブル。もしかしたらこれは作者が実際にお飼いの猫から発想されたものでしょうか。著者近影には三匹の猫、そのうちの二匹がクロジ、マーブルを思わせる風体で、そしておまけの実写版クロジとマーブル。もちろん漫画の二匹は現実の二匹とは違った猫であるんでしょうが、こうして実写版作られると、ああ本当にいるのかもー、そんな気がしてきて、よいですね。ええ、猫漫画読んでて思うのは、こんな猫が実際に身近にいたら私の暮らしも少しは豊かになるんじゃないかなあ、そんな思いにとらわれてしまうものだから、やっぱり猫漫画というのは危険です。

『クロジとマーブル』に感じられるもの、それは先ほどいいました猫と暮らす毎日の豊かさ、それにつきるのではないかと思うのですね。超売り手市場という新聞見出しに疑問感じざるを得ないほどの逆境にあっても、猫がいるから頑張れる。猫が支えになっているという状況は、一見すればぎりぎりではあるのだけれども、けれどそこにはお金や物の有無で計ることのできないなにかがあるのだと感じさせてくれます。そのなにかこそが猫と暮らすことの価値、あるいはもっと広くペットといってもいいですね、ともに暮らす動物がいるということ、それは同居人をもつということとはまた異なる、独特の価値であるのだよ、ということが伝わってくるようであるのですね。そしてそれは豊かであるということ、まさしく心に豊かさをもつってことなんだよと、そういう気がします。

かくいう私は、そういう豊かさ実感しない暮しをあえて選ぶものでありますので、だから時に心に兆す侘びしさやらいろいろを、こうした漫画によって紛らわす。いや、違う、もっとポジティブな意味がある — 。つまりこれは豊かさのおすそ分けなんだと思います。

  • 富永ゆかり『クロジとマーブル』第1巻 (バンブー・コミックス) 東京:竹書房,2008年。
  • 以下続刊

引用

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

このマンガ、私も買いました。富永ゆかり、新境地! という気がします。
カバー裏とかパラパラマンガとかアンケート葉書とか凄く凝ってますよね。
アンケート葉書は、勿体ないけど書いて投函してしまいました。

matsuyuki さんのコメント...

水島さんも押さえておいででしたか。確かに水島さん好みの漫画であるように思います。

カバー裏に加えてぱらぱら漫画までとは、私も驚きました。それにあの端書ですよね。私、あれどうにも書けなくて、もったいないってやっぱり思ってしまいます。もう、それこそ、死ぬほど事務的なのにして欲しいと、心の底から思いました。だって手放せそうにないんです。