川原泉は、なんか雰囲気がえらく違っちまったなあ、だなんて思うんです。絵がシャープになったというか、若干固くなってしまったというか。けど、見た目の雰囲気こそ変わってしまったけれど、その漫画の醸し出す雰囲気にはやっぱり川原色があるのだとも思います。よりよく生きようと、不器用ながらもがんばる人のささやかな喜びがつまっている。決して大それた仕合せやなんかを欲しがるのではなく、自分の身の丈にあった仕合せを求める人たちの物語なのだと思います。大きすぎず、また小さすぎず、あつらえの身にきっちりとあった服の気持ちよさがあるといったらよいでしょうか。こうした仕合せのかたちを称して小市民的というのかも知れないけれど、不相応に過分な富やらなにやら求めて、いつまでたっても満ち足りない不安を思えば、小市民的のなにが悪いのか。他の誰がなんといおうと、自分の求める仕合せをきちんと見つめられる人こそが人生をよりよくいきる人なのだと、川原の漫画からはそうした哲学が感じられます。
そして私はそんな川原漫画で満ちたりるのですね。『レナード現象には理由がある』は表題作の他に、「ドングリにもほどがある」、「あの子の背中に羽がある」、「真面目な人には裏がある」を収録して、これらはそれぞれが独立した短編でありながら、ひとつのシリーズとしても機能しています。無類のエリート校、私立彰英高校を舞台にして、けれど「レナード現象」、「ドングリ」を除いては、あんまりそうしたエリート校うんぬんといった設定は表に出てこないよね。もう、普通の、川原的ほのぼのペースに持ち込まれてしまって、けどこのちょいと穏やかにしてのんびりがいいんだ。川原はアップダウンの大きな物語を描いたりもするけれど、けどその本質にはこの穏やかさがあるのだと思います。きっと最後にはうまくいくさ。きっと最後には報われるよねと、思わずそう信じたくなる人のいじらしさというのが川原色です。
さて、白泉社のいうにはこの本はちょっぴり変わった4つの恋のお話
なのだそうですが、そうだったのか! ってわざとらしく驚いてちゃいけませんやね。けど、川原泉の漫画って、ラブコメのようでラブコメのようであらずけど実はやっぱりラブコメという、友達以上恋人未満的なシチュエーションが多くて、そういうところがなんだか私は安心してしまってほのぼのと嬉しくなってしまいます。とはいっても、白泉社のいうように、この漫画ではそれぞれの話の主人公たちがちょっとしたできごとをきっかけに近づいて、相手を見直してみたり、必要と感じてみたり、憧れを深めてみたり、誤解をといてみたりの結果、とても仲よくなってみたりして、けどそのなんだか変に健全で、なんだか変に落ち着いた様が面白くて、このちょっと枯れたみたいなカップルのありかたというのはむしろ理想的かも知れないね、なんて思います。
でもそうかと思えば、「真面目な人には裏がある」の最後の最後のト書き。すっごく意味深だよなあなんて思ってにまにましたりさせてくれちゃったりなんかして、でもまあとにかくいい話ばっかだよなあ。
食欲魔人シリーズみたいにして続いてくれたら嬉しいななんて思っていたら、人気あるんでしょうか、『メロディ』10月号には「その理屈には無理がある」が掲載されるらしくって、ああこのタイトルのつけかたを見れば関連作っぽいじゃありませんか。私がこのシリーズを好きと思ったように、同じく好きと思っている人がたくさんいるということ。ささやかだけど、本当に嬉しいことだと思います。
- 川原泉『レナード現象には理由がある』(ジェッツコミックス) 東京:白泉社,2006年。
引用
- 白泉社の最新刊
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