2006年6月18日日曜日

ハリー・ポッターと賢者の石

 今日はちょっと恥ずかしい話。

昔、新聞のテレビ欄に『ふしぎの海のナディア』の新番組予告を見て、添えられた白黒の小さなワンカット。こ、これは萌えだ! と思ったね(もちろん、当時にはこういう表現はなかった)。いそいそと第一話を録画すべくビデオをセットし、楽しみに見てみたら、それはジャンという少年! ああ、やられたっ。

それと同じことを後にも経験したのです。人気児童文学の映画化、話題作ですからテレビもがんがん押していまして、宣伝番組にちらりと見かけたかわい子ちゃんの姿(もちろん、この時点ですでに死語でした)。そしたら、それがハリーでした。ああっ、またかよ!

私はハリー・ポッターの原作を読まず、映画もテレビで第一作目だけを観たという、実に不熱心な人間なのですが、宣伝やらなんやらを見てみて思うのは、ハリーは第一作目のあのちんまいころが一番よかったよねえ、というもの。そしてこれはハーマイオニーにおいても同様で、テレビにてハーマイオニーを見たとき、こ、これだっ、と思った。ぼさぼさの髪、ちょっと意固地でへんこな性格。素晴らしい、完璧じゃないか。けど、ハーマイオニーもどんどん育って、なんか普通にきれいな娘に育って、つまんないなあ。こんなの私の愛したハーマイオニーじゃないっ、といわれてもハーマイオニーも迷惑だよな……。

ハリー・ポッター人気も一定のペースで落ち着いて、一時の非常な盛り上がりこそ見なくなりましたが、それでも人気は人気なんですよね。残念ながら私はまったく目を向けてこなかったので、それこそこの映画を一本見ただけというだけなんですが、あの映画だけでも面白かったと思ったのは事実です。イギリスの伝統の児童文学典型というのが見えるところも、ああそれっぽいなあと嬉しくなったし、基本的に健全で前向きである物語も好ましいと思った。いつか読んでみたい本ではあります。

ハリー・ポッター映画の旧作は今や千円で買えるまでになっていて、こうなればそろえてみてもいいかななんて思います。ちょっと文庫を買うような感覚で、かわいかった頃のハリーやハーマイオニーをいつでも見られるようにしたい、というとなんだかお稚児趣味でもあるんじゃないかといわれたりしそうですが、けどあの頃が一番かわいかったというのは誰もが口をそろえていうところであります。メインストリームに背を向けているつもりの私にしても、気付けば本流にあるのだなと気付く。幅広く訴えるいい子役である、そしていい配役を得たよい映画であると、そんな風に思います。

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