2005年4月30日土曜日

WAKI WAKIタダシさん

 二十九日の不調はきっと体のゆがみのせいだろうなんて思って、ええ、私の体は体調に変調を来すほどにゆがんでいるのです。まあ、ギターに限らず、左右対称でない楽器を弾いている人は多かれ少なかれ体がゆがんでいるし、そのせいで体調不良を訴える人というのは数多いんですね。私もその一人でありまして、不定愁訴に関してはなかなかのものでありますよ。こんなの、なんの自慢にもならないのですが。

結局二十九日の不調は風邪が原因であったようなのですが、それでもその風邪を招いた根本には体のゆがみやなんかがあってのことでありましょうから、体のゆがみはできるだけないに越したことがないのです。そんなわけで、『WAKI WAKIタダシさん』を引っ張り出してきてみました。

『WAKI WAKIタダシさん』は、曲がったものが許せない整体師タダシさんが主人公の漫画です。実はこの漫画の作者は、二十七日にちょっと紹介しました『ビジュアル探偵明智クン!!』の阿部川キネコでありまして、この他にもいろいろ書いてらっしゃるんですが、そのどれもが違った雰囲気を持っていて、この人の芸風の広さはなかなかのものと思います。

『タダシさんの』は、形式としては四コマ、ジャンルとしてはギャグにあたるかと思われます。偏執狂的にまっすぐであることにこだわる主人公のキャラクターもなかなかのものではありますが、その周りを固める登場人物の変さもたいがいで、けれどそうした変わり者を空回りさせることなくうまくからめてコメディを成立させてるのだから、作者の構成の上手はなかなかのものかと思います。こうした構成力や引き出しの多さはいろいろな場所で培ってきたキャリアのたまものなんでしょうね。

しかし、この漫画を見るといつも思うのですが、整体師の腕の善し悪しというのは本当に大きなものでありましてね、悪い整体師にかかると問題ない体であっても悪くなってしまうものなんですよ。だから私は長いこと体の不調を思いながら、整体の情報なんかもちょこちょこ聞き込みしたりしながら、結局通院までに踏み切らないのは、腕の善し悪しがそうした情報だけではわからないということに尽きるんですよね。本当に腕のいい整体師の話を聞いたことはあるのですが、残念ながら東京で開院されているものだから、ちょっと京都からでは通えません。

だから、本当の話、それが腕のいい整体師なら、ちょっとくらい変わりもんでも、私は気にしないんですけどね。どなたか、京都近辺で腕のいい整体師の情報おもちの方とかいらっしゃいませんでしょうか。いや、これ結構本気で聞いてます。

2005年4月29日金曜日

かろうじてふっかーつ

ちょっと今日の更新で遊びタイガーを使おうと思って、『ぱにぽに』を調べにいこうと思ったらさ、突然体調が悪くなってしまって、まさかかろうじてふっかーつまで使うことになるとは思いもよりませんでした。

トイレに缶詰めになって、原因は腸閉塞じゃね。新辞林には短時間のうちに全身状態が悪化するなんて書いてあって、いやあ、実際その通り。腹の張りが増すごとに体調の悪化も加速度的に進み、吐くは戻すはの大惨事。仕舞には脂汗がだらだら出て、脳貧血も出て、多分今すごい顔色をしてるんだろうなあと自分でもわかるんですが、なにしろトイレの中だから鏡なんてありません。実際、何時間くらい入ってたんだろ。最前のエントリを書き終えてから、つい今し方までずっと苦しんでて、そうしてようやく、完全回復とはいわないまでも、なんとかこうやって文章書けるくらいまでに回復したというわけです。

しかし、もうちょっとひどくなるようだったら、本気で救急車呼ぼうかと思った。といっても、トイレの中だから電話なんてないので、呼ぶに呼べないんですけどね。

ああ、このどうにも弱い体は、どうしたもんなんだろう。頑健、元気な人がうらやましいです。

引用

  • 氷川へきる『ぱにぽに』第1巻 (東京:エニックス,2001年),94頁。
  • 氷川へきる『ぱにぽに』第2巻 (東京:エニックス,2002年),56頁。
  • 『新辞林』(東京:三省堂,1999年),「腸閉塞」の項,EDBRIDGE 15バンドル版。

Mac OS X 10.4 Tiger

 新しいMac OS Xが全世界規模で発売されました! というか、実はもううちでは10.4 Tigerが動いていて、つまり今こうして更新している環境というのがTigerだったりするのですね。新しいRSSに対応したSafariでもってお送りしております。

私は過去これまで、OSのみをバージョンアップしたことっていうのがなかったのですが、というのは、いつも型落ちぎりぎりのエントリーモデルを安く買っていたからでありまして、つまり新OSが出ても満足に使えるような環境ではなかったんです。ところが一昨年買いましたiBookは、当時最高速度の1GHz G4搭載モデルでありまして、しかもメモリも潤沢に640MBをおごってみたのでした。オーマイ! これだけマシンに投資したのですから、いくらなんでもTigerが動かないなんてことはあるまい。そうした考えから、初のOSアップグレードに挑戦してみたのでした。

で、その首尾たるやどうであったかというと、実にスムーズ。ノープロブレム。OSが宅配便で届いて三時間後には、旧環境からのデータの引き継ぎも済ませ、主力アプリケーションのセットアップも終了していました。

三時間後? アップルはアップグレードのプロセスは30分もかかりませんっていったじゃん。つうことは、アップルは嘘ついてやがんのか?

いやいや、そんなわけではございません。というのはですね、私は外付けHDDにメールや設定も含むデータを退避させまして、クリーンインストールしてみたのです。全くまっさらになったOSに、主要アプリケーション(といってもそんなにないけど)をインストールし、データを移行し、設定ファイルをちまちま移して、その全作業がたったの三時間。正直、もっともっと時間がかかると思っていたから、逆に不安になるくらいです。

環境の整備が終わってからは、Safariの新機能であるRSSフィードの読み込みを試し、自分のお気に入りのBlogを登録し、そしてWidget! 大いに期待していた翻訳機能を試して結構満足。Oh my! を翻訳してみたところ、私のオハイオ州! になった(ちなみに逆に翻訳すると、My Ohio state! に。いかす!)のにはちょっと笑いましたが、おおむねいい感じに翻訳されて、というのも、宝塚という地名もちゃんと翻訳しますからね。翻訳WidgetはSystranを利用しているのですが、機械翻訳の質も上がったなと実感しましたよ。

後いっとかんといかんもんといえば、こないだいってたDreamweaver MXのTiger対応。現在時点では、とりあえず問題なく利用できそうで安心です。

そしてWeb関連でいえば、Safariの細かな変更点が好感触で、これまではフォントの問題で表現できなかった日本語のボールドも可能になりました(けれどイタリックはまだ駄目)。ほかにもいろいろ手直しされてるみたいで、なかなかいい感じに仕上がってると思います。

現在Pantherを使ってる人が、Tigerにアップグレードする意義はあるかといわれれば、正直迷いますが、私自身はアップグレードしてよかったと思っています。

引用

2005年4月28日木曜日

空の国のあなたへ

 突然の事故によって失われる命があります。普通の日常の中で、思いもかけない出来事が運命を分けて、本当なら今日も昨日と同じように帰ってくるはずだった人がもう帰らない。そういう不幸は、残念ながらこの世界のあちこちにあって、私たちは普段そうした事々を他人事みたいに思おうとしているけれど、実は今日明日、自分や自分につながる誰かが、そうした不幸に引き込まれてしまうかも知れなくて、もしこうした不幸が我が身のことになったとしたらと仮定すれば、今身近にありふれている普通のことが、どれほど愛おしく大切なことであるかということがわかろうというものです。

先日のあの痛ましい事故の日から連絡のとれない友人があったのです。

メールを送っていたのに返事が一向に返らず、なにしろゴールデンウィークの予定を話していた途中での突然の沈黙。始めは忙しいかなんかだろうと思って、けれどそんなに返事に日にちを待たせるような人ではなかったから、もう一通送ってみて、けれど一日待って返事はなかった。その人は、よくよく思い返せば宝塚の近辺に住んでいて、だから、場合によってはあの路線を利用することもあるかも知れない。

そう思えば、不安が不安を呼んで、この数日私は、おちおちとしていられない。そんな気持ちであったのです。

もし明日電話をしてつながらなかったら、名簿を調べるつもりでいました。

『空の国のあなたへ』は、航空機事故によって命を落とした犠牲者の側から失われた日常を振り返ろうという、逝くものの視線が新鮮なショートストーリーです。陸奥A子の軽くおしゃれな描線、淡々とした描写、語りは不要に悲しさを煽るようなことをせず、ちらほらと舞って散る雪のような印象 — あるいはセンチメンタルに過ぎるといってもいいかも知れない — を与えます。死者の思い出が、あまりに美しく、あまりに現実離れして描かれているのに、不思議と嘘くささはなくて、こうした感想は、死を自らの問題として捉えることのない、生きている私のエゴゆえのものかも知れません。亡くなった人たちが、この漫画に描かれたような美しい思い出をともに空の国に逝くのであれば、せめてわずかでも慰めになるかも知れないと、此岸にある私はこの上もなくセンチメンタルで無神経なことを思っているのかもわかりません。

もしこの漫画が、こうした妙に仕合せで割り切った死者の思い出話だけで終わるのだとしたら、私は陸奥A子を見限って、この漫画を買って手元に残そうだなんて思わなかったでしょう。

三人の逝くものたちが、それぞれの思い出を振り返りつつ話したその最後に、層を違えて浮かび上がってくる残されたもののモノローグは、よもや甘ったるさの勝った物語を一気に引き締め、それまでのほのぼのとほほ笑ましくさえあった世界を転倒させるだけの力にあふれていました。出来すぎていると感じるほどに美しく描かれた物語の向こうに隠された悲しさや後悔、痛ましさがあらわにされて、けれど口振りはあくまでも静かで、こうして静かであったからこそ、むしろ悲しさはいっぱいに胸に広がったのではないかと思ったのでした。

あるいは、陸奥A子は、自身の体験をもとにこの話を描いたのではないかと思ったのでした。それほどまでに言葉は真実味を帯びて、作り事であるはずの物語に、本当の感情を与えていました。悲しさを抱き続けながらも、絶望から立ち上がろうとする人の心の強さ、そしてやさしさがあふれています。

友人からのメールを受けて、私はこの数日の最悪の想定をようやく振り払うことができて、けれどその心底の悲しさに直面する人のあることを私は知っているから、私は私のことで素直に喜べませんでした。

なにをいおうにも、言葉にすれば嘘になりそうな気がします。だから、私はせめて、旅立たれた方はその道中が安らかで幸いなものでありますように、送られる方はいつかこの悲しさの中から愛おしかった日々を抱きとめられる日を迎えられますように、祈るばかりであります。

2005年4月27日水曜日

ようこそ小豆沢美研へ!

   今日発売のまんがタイムKRコミックスは、どうにも表紙があれで買いにくかった……。明智クンなんてこんなだし、『まゆかのダーリン!』も間違って買う人を見込んでるとしか思えない。そんな中、『ようこそ小豆沢美研へ!』だけは穏当な表紙で、けれど私はこの漫画を買おうかどうか、ぎりぎりまで迷っていたのでした。

なんで迷ってたのかっていいますと、私、この漫画をどうにもつかみあぐねていたんです。私は遅れてきらら本誌の講読をはじめた口なので、キャラクターやら舞台の設定やらを知らないままに読んでたものが多くて、だからいまいち漫画の内容やらをつかめないでいるものがあったんです。

『小豆沢美研』は、その代表格といってもいい漫画でありました。載ってるから一応読むんだけど、出てる人がどういう人かよくわからないからあんまり楽しめない。だから、コミックスを買おうか買うまいかすごく悩んだ、とそういうわけだったのでした。

けど、結局購入。行きつけの本屋が新装開店しましてね、その祝儀もかねて購入いたしました。で、感想。よかったです。いい仕事してます。

漫画としては、あれですね。以前『苺ましまろ』についてちょこっと書いたことがありましたが、この漫画もそういう感じ。幼い感じの美少女好きのおねえさん(眼鏡)が、予備校の後輩の女の子に妄想を膨らませてみたり、見た目子供の所長にめろめろになってみたり、慕うあまり追いかけてきた後輩に色々せがまれてみたりと、まあなんというか、とにかく同性であるゆえに躊躇なく可愛い女の子好きを主張し実行に移すことのできるおねえさんが我々読者の代理人として萌えを追求してくれるという、そういう種類の漫画なのであります。

効きますね。ええ、強烈に効きましたよ。もちろん私は、病んだ身ゆえに自らの姿に気が付かないでいるから、この漫画のどこに良さ、魅力があるかなんてちっともわからないでいるのですが、それにしても、この漫画はよかった。本誌連載時にこの漫画の構造に気付いていたら、応援のしようもまた違ったろうなあと思います。ともかく、萌え四コマ誌としてスタートした『まんがタイムきらら』は、本来このような形式を求めていたのではないかと、そんな風にさえ思ったのでした。

そんなわけで、『ようこそ小豆沢美研へ!』、本当に買ってよかった。表紙も実にいい仕事をしていて、特に裏表紙が素晴らしい。ええ、裏表紙見てると、もー、どーしたらええねんっ、て感じになる。いや、なにもしなくていいのは自分でもよくわかってるので、放っておいてください。

蛇足:

きらら系の漫画で書くときは、意識的に好きなキャラクターを書くようにしているのですが、一応今回も慣例にしたがって書いておこうと思います。

所長じゃね。小豆沢かりん。あー、しかし最初の方はカラーページも多かったんじゃねー。本誌を最初から買わなかったこと、激しく後悔してしまいますわ〜。

引用

2005年4月26日火曜日

ギャラリーフェイク

 『ギャラリーフェイク』の最終巻が刊行されました。

思えば、私が『ギャラリーフェイク』を知ったのは、バイト先にこの漫画が置かれていたのを見たからで、確か最初の二三巻くらいしかなかったと思うんですが、美術の世界を舞台にした躍動のストーリーがこの上もなく面白くて、矢も楯も堪らず買いはじめたのですね。ええ、美術に関する知識、情報を盛り込みつつも、それがただの情報に落ちていないところがすごいと思います。スリルやサスペンスを盛り込まれたストーリーは、あっというどんでん返しで落とし所も冴えて、そして贋作専門を謳う黒い画商フジタの格好良さ。名だたるライバルを押さえ、ダーティーと思わせたその向こうに一本正義を通して見せる、アウトローヒーローものの面白さは堪らんものがありました。

アウトローヒーローもの。ええ、またなんか言い出しましたね。ええ、秘密のヒーローもの大好物を標榜する私は、『ギャラリーフェイク』みたいなアウトローヒーローものも大好きなのですよ。古くは『ブラックジャック』なんかにアウトローヒーローものの典型を見て、おうそうさ、私は『ブラックジャック』も大好きだよ。全巻揃えてるよ。

てなわけで、私が『ギャラリーフェイク』のフジタに格好良さを感じるのも当然といえるかと思います。

けど、アウトローヒーローものってね、最初は一匹狼、まわりは敵だらけみたいな感じで、ああ、この方の本当の心を知ってるのはあたくしだけなのっ、って、そんな秘密を共有するような喜びがあったりする(つまり、本質的には秘密のヒーローものと同じ構造をしているんです)んですが、巻を重ねていきますとね、なんだかいつの間にか登場人物も揃ってきてさ、なんだかいろいろつるみはじめたりしてさ、つるむのが同じアウトローだったらいいんですけど、かつてはもう本当に敵同士だったじゃんかあんたら、みたいのまで理解者面し始めれば、だんだんアウトローヒーローとしての魅力は失われていくのであります。

ブラックジャックも、途中から人情ものの色合いを強めて、あんまりアウトローくささというのは感じられなくなりましたね。それはフジタも同じで、なんとかアウトローとしてのフジタを描こうとするもどうしてもよく知ったお友達のあの人がさぁみたいになって、私にはだから途中から魅力減と感じられました。

いや、アウトローじゃないフジタは駄目といいたいんじゃなくて、ちょっと慣れ合いが見え透いてきたかなというのがいやでしてね、馴れ合いというのは登場人物にも生じるし、作者と作品の関係にもあって、当然私ら読者と作品の間にもできてくるもんなんです。そうした多層的な馴れ合いが、この漫画の緊張感 — この漫画本来の味を殺いでしまっているかもと思ったこともあったのでした。

けどさ、最終巻は久々に息詰まりましたね。いや、息詰まるサスペンスは最終巻だけじゃなく、これまでにも何度も何度も出てきましたさ。けれど最終巻は、これまでの主要登場人物を贅沢に配して、次々に畳みかけるという、まさに最終回の大団円を飾るにふさわしい豪華さでありました。

私は近刊を読んでは、くぅー、やっぱり面白いなあと思いながらも、どこか満たされないようなところがあったんですが、けれど最終巻を読み終えて、今まで『ギャラリーフェイク』を読んできてよかったと心から思えました。『ギャラリーフェイク』最後のストーリーは、作品から読者へのプレゼントであったと思います。けれど、ただのプレゼントじゃない。ストーリーとしての面白さを充分に備え、そしてそこに読者が望んでいただろうラストをのせて、最高にハッピーな終わり方をして見せました。

ただよ、ちょいと不満があるのさ。ああ、けどこりゃネタバレになるから書かないでおこうか。いや、やっぱり書きたい!

なんでエリザベータがでないの! それに翡翠も! 三田村さんの処遇もいい面の皮だと思うけど、まあこいつは妥当かなあ。けど、知念さんは出て欲しかったかも。いやしかし、翡翠! なにをおいても翡翠は —

白地に白文字で書いておいたから、読みたい人は反転でもなんでもしてくださいな。

2005年4月25日月曜日

セ・ラ・ヴィ

 昨日、宝塚でこの人のライブがあったので、気を良くして今日はドミニク・シャニョンのファーストアルバムです。

ドミニク・シャニョン、知っている人は知っているかと思います。NHKのテレビフランス語会話にて、2001年から昨年まで歌のコーナーを受け持っていたのがドミニクさんで、歌のうまさやら人柄のよさやらで私は結構なファンであります。CM曲の作曲などもされているということですが、けど、彼の真価はやはり歌にあるなあと思うのですね。私がこの人を知ったのが、歌のコーナー『ドミニクと歌おう!』でだったということもあるのでしょうが、しかしそれでも安定した歌唱力、豊かな量感は誰しもが認めるところであると思います。『ドミニクと歌おう!』以前に歌のコーナーを担当していたファビエンヌからドミニクに代わったときは、NHKは歌に本気だと、フランス語会話視聴者の間で囁かれたものでした。

『ドミニクと歌おう!』開始当初は、まったくもって正体がわからなくってですね、なにしろ関連情報がなく、一番ちゃんとした情報がNHK語学のテキストに収録された紹介くらいなもんでして、しかもその紹介にはパリ音楽院卒業なんて書かれていたから、私ら音楽関係者は色めき立って動揺して、まさに驚愕したのでありました。パリ音楽院といったらパリ・コンセルヴァトワール — パリ国立高等音楽院でしょうが。まさに世界屈指の音楽院で、でもなんでそんな学校を出た人が日本みたいな場末の、しかも語学番組で歌ってんの!?

まあ、その後色々情報が開示されてきたことで、ドミニクの母校はコンセルヴァトワールではないということはわかったんですが、しかしだからといってドミニクの歌、作曲の価値が損なわれるわけではありません。ベーシストで作曲もして、そしてなによりも歌手であるドミニクは、宝塚の屋外ステージで、実に素敵なライブを繰り広げて、ああやはりドミニクさんはよいわと再確認したのでした。

アルバムについて書こうかと思ったけど、どうしようもなく陳腐なのが出来上がってしまったので削除。ちょっと懐かしのフレンチポップスから、もちろんドミニクオリジナルも収録されて、ドミニクのアレンジャーとしての手腕と幅広い歌唱力をともに楽しめる好アルバムに仕上がっています。

まずはなにはなくとも聴いて、ドミニクの歌に触れて、ゆくゆくはドミニクのステージに赴くというのがよろしいのでは!

2005年4月24日日曜日

ウイルスバスター

 なんか昨日からテレビのニュースや新聞で、ウイルスバスターがどうとかこうとかで問題が出て云々、とにかくたくさん報道されてて驚いてしまいました。コンピュータが今の社会にどれほど食い込んでいるかということ、そしてコンピュータがどうにかなっても、人の力でなんとか回せていけるということ。まあ、そんな感想はさておきまして、実は私が最初に思ったことというのは、トレンドマイクロは運が悪かったなあというもの。シェアの高さがあだになったなあと思ったのでした。

確か、私の記憶が確かならば、McAfeeも以前似たようなことをやっていたはずで、ですが影響範囲がそれほど広くなかったためかさほど話題にはなりませんでした。それにこういう不具合をいうのなら、ついこないだもAppleがMac OS X 10.3.9アップデートでJAVAに不具合を生じさせたり、Microsoftだって最近ではXP SP2のリリース時に大混乱を引き起こしたりと、どこもあんまり褒められたような状況ではないと思います。

けど、今回のトレンドマイクロはその影響範囲の広さ、深刻さ(なんせCPU使用率100%だもんな)から見ても、ご愁傷様といわざるを得なく、シェアの拡大したベンダーは社会的責任の重さも背負わなければならないのだなあと、ちょっと不憫にも思ったのでした。

実をいいますとね、私の今の職場でもウイルスバスターが使われていまして、この話、他人事ではないのです。たまたま発生が土曜日だったから影響は少ないと思いますが(トレンドマイクロにとっては不幸中の幸いだったと思います)、明日職場に行けばなんらかの対処をしなければならないかもなあと思ったりして、参ったなあと思ったり思わなかったり。いずれにせよ、とんだ大ポカをしてしまったものだと、前線で働く営業各氏やその他サポートセンターなどのご苦労を思うと、ちょっと泣けてきますなあ。

私は今なお職を転々としている途中ですが、これまで職場を振り返ってみれば、ウィルス対策ソフトウェアを入れていた三職場中二職場がウイルスバスターを利用していました。

私は長くMacintoshユーザーをやっているので、ウィルス対策ソフトウェアベンダーというとSymantecを思い浮かべるのですが、けれど数年前のトレンドマイクロの戦略を思い起こせば、最大シェアを奪ったのもうなずけるように思います。

ウィルス感染の疑いがあり、けれど対策ソフトを入れていなかった! とかいう場合、トレンドマイクロのサイトに行けばActive Xを利用して、オンラインウィルス検索とかができたんですね。それどころか、ソフトウェアをダウンロードすればそのまま体験版としてフル機能を利用できて、コンビニとかに行ってもウイルスバスターが売っててとか、とにかく手っ取り早くウィルス対策をと思うと、ウイルスバスターが浮上してきたのですね。

けれど最大シェアを獲得して気の緩みでもあったんでしょうかね。しかしなにがまずいといっても、テストを充分に行わずリリースしたということに尽きるでしょう。

ウイルスバスター自体は決して悪い製品ではないと思っているのですが、それだけに残念なことであったと思います。

2005年4月23日土曜日

聖ポーリア女学園

『まんがタイムスペシャル』6月号に掲載された、高田理美の『楽楽OL24時』。テレビの音量は5の倍数と決めてるのとかボクは3の倍数とか、そんな決め方してる人がいるなんて、まったく私には信じられませんでした。だって、テレビの音量といったら偶数でしょう! 3の倍数だと、21とか出て来るんですよ。21! このおさまりの悪さ。20か24にしましょうよ。せめて22か25。5の倍数には妥協できても、3の倍数にはどうしても納得できないのであります。

そんなわけで、今日のテーマは高田理美です。私がこの人の漫画と出会ったのは、私が最初に講読しはじめた四コマ誌『まんがタイムラブリー』に連載されていた『聖ポーリア女学園』ででした。女学園ものではありますが、昨今はやりの萌えとかそういうのんじゃないですよ(いや、萌えってもうはやりじゃないよな)。ナンセンスでけったいなギャグが盛り込まれて、思わずそれで笑ってしまうという、実に四コマ誌らしい四コマだったのでありました。

けど、あんまり売れなかったのかなあ。私はこの人ののりは大好きで、もちろん『聖ポーリア女学院』は発売されたその日に買いましたし、今連載中の『楽楽OL24時』にしても毎号を楽しみに読んでいます。高田理美は、なにがいいといっても、テンション抑え目で、けれどいいところを突いてくるネタの切れ味。地味だけど面白いと思うんだけどなあ。支持する人もきっといると思うんだけど、今のはやりからちょっとはずれているとかそういう点で損をしているんじゃないかなあ、とか思っています。

『楽楽OL24時』には、毎号ではないのですが「実録シリーズ」と銘打たれた作者の日常(なの?)を取り上げたネタが収録されるんですが、私はこの「実録シリーズ」も好きで、どうも高田理美のネタは私の面白いと思うところにピンポイントで入るようなんです。ちょっとずれた言動とか、ちょっと失礼な物言いとかそういうのが高田理美の味だと思いますが、こういうギャグが面白く響くのは、裏にきっちりとした常識的な尺度があることが見えて、けれどそこからはずれているという、そのはずれっぷりの見せ方であると思うんです。はずしすぎたらただナンセンスなだけ、不条理なだけになります。けれど高田理美は、現実にうまく寄り添って、片足を常識にのっけながらそこをはずして見せる。ここがこの人の真骨頂であると思っています。

一撃必殺型ではなくて、徐々に浸透して病みつきにさせるタイプの漫画家が高田理美。ええ、この人のくすぐりめいたネタは中毒性を持っていると思います。

こっから愚痴:

しかし、私の好きだという漫画家は、なぜか単行本化されなかったり、なぜか突然連載終了したりと、不遇な目に遭うことが多くて悲しくなります。

そういえば、古い話で恐縮ですが、かつてあの国民的人気を誇ったクイズ番組『アメリカ横断ウルトラクイズ』では、私の応援する人から順に脱落していくというジンクスがありました。まるで呪いでもかけられたかのように、次々脱落していくあの様!

もしや、四コマにおいても私にかけられた呪いは健在なのか!? 私の好きな漫画家の皆様、申し訳ございません。私の呪いのせいで、私の呪いのせいで……。

  • 高田理美『聖ポーリア女学園』第1巻 (まんがタイムコミックス) 東京:芳文社,2000年。

引用

  • 高田理美「楽楽OL24時」『まんがタイムスペシャル』第14巻第6号(2005年 6月号),128頁。

2005年4月22日金曜日

日本絵とき事典

  私が以前フランス語を習いに行っていたときのことです。先生(もちろんフランス人)が日本に来た当初に買ったという日本のことを書いた本を見せてもらう機会がありましてね、私は最初フランスで出ている日本本だと思っていたんですが、手にしてみてびっくり。なんとJTBが出している本ではありませんか。仏文は第11巻と12巻の二冊で、残りの巻は英文なのですが、その内容たるやかなりの労作です。日本に生まれて日本で育った私も知らないようなことがたくさん扱われていて、しかもその説明が仏語(英語)! 日本のものを欧米語で説明する難しさは、私もよくわかっているつもりではありますが、それにしても、これだけのものをよくも訳して本になるまでまとめたものだと、感心と感動でしばし眩暈を感じるほどでありました。

(画像は『仏文日本絵とき事典』)

あまりに感動したものだから、私はすぐに本屋に走りまして、洋書を扱ってる書店といえば丸善です(そう、あの京都三条の丸善です)。洋書のフロアにいってみたら、あるわあるわ、続々と出ている巻数の堂々とした様。よほど人気のあるシリーズなのだなと、またここで感心したのでした。

けど、仏文がたった二冊だったことには、ちょっとがっかりしたかな。

私が先生から借りた本には、所々に先生のされた書き込みなども見えて、それが本の内容に膨らみを与えて、私にはすごく面白かったのでした。先生のその頃の感心や、あるいは理解しづらかった日本というものを髣髴とさせて、残念ながら私の本にはそういう書き込みなんてありませんから、私の本はちょっと寂しく、無機質にちんと佇むばかりです。

これらのシリーズは、1980年代から1990年代にかけて刊行されたもので、ですので説明やイラストの端々に昭和の匂いを感じさせます。自分には懐かしくもあり、また反面、日本の前近代的な部分が今よりも色濃かったことを思い出させて、つくづくそこに住まうということは愛憎半ばさせるものであると思わせます。

私には近すぎたり思いが深すぎたりするせいで、あの淡々と事象を描出するに長けたフランス語の作文に、必要以上の情緒性を持ち込んでしまって、文章を台無しにしてしまうことしばしばなのですが、この本はなにより事象を説明することを第一に編まれていますから、そういった情緒に流れる心配がなくてよいのですね。しかし、その説明は苦労だったでしょう。

最初にもいいましたとおり、特定の文化の風物を別の文化に育まれた言語で説明するというのは、非常に困難な試みでありまして、交通機関や食べ物といった近代的システムあるいは具体的にかたちを成しているものならともかく、因習的、伝統的に育まれてきたもの、特に概念に及ぶようなものを説明するのは至難です。ところが、この本はそれに挑戦している。鬼やら天狗やらが出て来る。日本人の感情表現なんてものもある。こういう、日本語でもあらためて説明しようとすると厄介なものを、よく異国の言葉に訳したものだと、その苦労を偲び、また自分の仏作文の参考にしたりしています。

  • JTB海外ガイドブック編集部『英文日本絵とき事典』第1巻 A Look into Japan 文化・風俗編 東京:JTB,1984年。
  • JTB海外ガイドブック編集部『英文日本絵とき事典』第2巻 Living Japanese Style 生活編 東京:JTB,1984年。
  • JTB海外ガイドブック編集部『英文日本絵とき事典』第3巻 Eating in Japan 飲食編 東京:JTB,1985年。
  • JTB海外ガイドブック編集部『英文日本絵とき事典』第4巻 Festivals of Japan 日本のまつり 東京:JTB,1985年。
  • JTB海外ガイドブック編集部『英文日本絵とき事典』第5巻 Must-See in Kyoto 京都編 東京:JTB,1985年。
  • JTB海外ガイドブック編集部『英文日本絵とき事典』第6巻 Must-See in Nikko 日光編 東京:JTB,1985年。
  • JTB海外ガイドブック編集部『英文日本絵とき事典』第7巻 A Look into Tokyo 東京編 東京:JTB,1986年。
  • JTB海外ガイドブック編集部『英文日本絵とき事典』第8巻 Salaryman In Japan サラリーマン編 東京:JTB,1986年。
  • JTB海外ガイドブック編集部『英文日本絵とき事典』第9巻 Who's Who of Japan 人物日本史 東京:JTB,1987年。
  • JTB海外ガイドブック編集部『英文日本絵とき事典』第10巻 Today's Japan 自然・社会編 東京:JTB,1987年。
  • JTB海外ガイドブック編集部『仏文日本絵とき事典』第11巻 Regard sur le Japon 文化・風俗編 東京:JTB,1985年。
  • JTB海外ガイドブック編集部『仏文日本絵とき事典』第12巻 Vie au Japon 生活編 東京:JTB,1987年。
  • JTB海外ガイドブック編集部『英文日本絵とき事典』第13巻 Japanese Characters 漢字編 東京:JTB,1989年。
  • JTB海外ガイドブック編集部『英文日本絵とき事典』第14巻 Japanese Inn and Travel 旅館編 東京:JTB,1990年。
  • JTB海外ガイドブック編集部『英文日本絵とき事典』第15巻 Say It in Japanese 日本語会話編 東京:JTB,1993年。
  • JTB海外ガイドブック編集部『英文日本絵とき事典』第16巻 Martial Arts and Sports in Japan 日本の武道編 東京:JTB,1993年。
  • JTB海外ガイドブック編集部『英文日本絵とき事典』第17巻 Japanese Family and Culture 日本の家族編 東京:JTB,1994年。

2005年4月21日木曜日

「私が、答えます」

  竹内久美子という動物行動学を専門にする人の本が、なんか新しく出ているみたいでして、私は買おうかどうか考えあぐねてまだ買っていません。だって、最近この人は売れっ子で、次から次へといっていいくらいに新刊が出ているんですね。読めば面白いんですよ。主に性的な行動に関してが中心ではありますが、私たち人間がついついとってしまうような行動というのが、動物の行動原理をもとにして次々解説されていくのです。もちろん人間も動物の一種ですから、こうしたアプローチは間違っていないと思うんですが、しかしそれにしても、私もついついしてしまうようなことがきっぱりと説明されて、ああなるほどそういう理屈が裏にあって、その本能的(?)な要請に基づいて私はああいう行動をとっていたのか、ということがわかるんですね。具体的にどういう行動かは申しませんが、とにかく自分のなんとなくしてしまってることにも理由があるのだということがわかって、私はこの本をはじめて読んだとき、すごく新鮮な気持ちになったのでありました。

でもまあ、新鮮な気持ちといったって、あんまりそんなに褒められたことじゃないんですけどね。むしろ、なんというか、開き直りに近い感情の方が強かったような気もします。自分がこういう行動をとってしまうのは、動物的本能に根ざす欲求があるからなんだ。自分がどうしようもないからじゃないんだ! って、こんなのばっかりで、いかに自分が駄目なやつであるかということがわかります。

けれど、どう言い繕ったって、人間は自分のうちなる欲求には抗えないようにできているんです。だから、そういう内的要請を理解した人は、うまくそいつと付き合えるようになればよし。自己の本能の力に気付いてない人を見たら、うまくその状態を利用して、本能的要求とやらが私に向かうようにしてやればよし、ってこれはちょっとあまりにあこぎすぎますね。けれど、ちょっとくらいあこぎなくらいで、人生ちょうどいいって思いますよ。それに、そもそも本能的なんてものは、うまくコントロールできないものなんです。自分の本能にしてもそうだし、他人の本能なんてのはなおさらです。だったら、ちょっとそういうずるを夢想してみるくらいのことが、いったいどれほどの罪であるというのでしょうか。

ところで、私はこの本を、以前の職場である図書館の新着図書で知ったのですが、なぜかまわりの人間人間が、こういう本をいれたのはあんただろうっていうんですね。あれ? いや、確かにこの本を入れたのは自分だったかもしれない。ちょっと、今、記憶が混濁しています。

私が疑われたのは確かこの本が入ったときで、それにこの本の時もそうだったっけ。けど、『「私が、答えます」』に関しては、書評を見て面白そうだと思って、自分でまず買ってみて実際面白かったから、図書館に入れたのかもしれない。

というわけで、疑われるには疑われるだけの理由があるということですか。 — だって、みんなにも読ませたかったんだもん。自分のうちから起こる要請に意識的であることは、大切なことであると思うんですよ。

2005年4月20日水曜日

トゥルーライズ

 カリフォルニア州知事としてご活躍のアーノルド・シュワルツネッガー主演の映画で、俳優シュワルツネッガーが大人気の頃に作られました。この頃、シュワルツネッガー映画はもはや一ジャンルを築いたといってもいいくらいに量産されていました。ファミリー・スパイ・コメディである『トゥルーライズ』もそうした映画のひとつです。

この映画は、いかにもハリウッドというのりを楽しめるなら実におすすめの作でありまして、なにがいいといっても、シュワルツネッガー演ずる諜報員ハリーと家族の間に巻き起こるどたばたが面白いんですね。

ハリーはスパイですから、自分の仕事について誰にも知られないようにする必要があるんですね。だから、家族にも秘密。普通の会社員みたいなふりをして生活をしていて、スパイとしての顔を知らない家族からは頼りない父親と思われているのです。

妻は、平凡な夫との生活に退屈して浮気を試みるし、娘は娘で父親を馬鹿にしきってるしで、けれどひょんなことからハリーの家族が事件に巻き込まれて、ハリーは今まで秘密にしてきた真実の姿を……。

てなわけで、結局のところこの映画は、私の好きな形式である秘密のヒーローストーリーの系譜にばっちりつながっていると、そういうわけなのですね。

映画の基本軸は、家族のためにお父さんがんばっちゃうよ! というものなんですが、そのがんばり方が間違ってるというのは私だけでしょうか。軍のハリアーを奪って、家族を、娘を守るために破壊のかぎりを尽くすというなかなかに無茶な展開が、頭悪くて素敵です。

実は、私は、こういう馬鹿な映画というのも好きだったりしまして、最後の最後、家族を無事助け出し、ついでに権威の回復にも成功したお父さんの感動的名場面に、ビルとか橋とか吹き飛ばしてたけど、それについてはお咎めなしかい! と突っ込み入れるのも楽しいものじゃありませんか。実際映画の中でもなんのフォローもなしに日常生活に戻ってますから、あんまりな場面にも、そういう馬鹿さ加減を楽しむというスタンスで望むのがよいのかと思います。

2005年4月19日火曜日

あの素晴らしいフォークをもう一度 — 紙ふうせんのギター弾き語り入門

 買おうかな、どうしようかな、やめようかなと迷いながら番組だけはビデオに録っていて、けれど思い切って買うことに決めました。『あの素晴らしいフォークをもう一度』は、現在NHK趣味悠々にて放送されている趣味のギター講座でして、そのタイトルからも明らかであるように、かつてのフォークムーブメントを体験した世代に向けられた番組です。講師が紙ふうせんというのもそんな感じでありますし、毎回登場して話をするゲストもそんな感じ。とりあえず番組を見た感じでは、若い世代には訴えないような気がします。

私がこのテキストを買おうかどうか迷ったのはなんでかといいますと、テキストの質としてはかなり前のNHK趣味百科時代の『アコースティックギター入門』のほうがよかったからなんですね。このときの講師は石川鷹彦と加藤和彦で、収録されている曲のバリエーションも広く、収録されたインタビューや名盤紹介も読み物として優れていました。

けど、じゃあ、なんで文句言いながらでも今回のテキストも買っちまったのさ。ええ、それは収録曲に魅力が感じられたからなんですね。

今回の収録曲は以下の通りです。

  • 友よ
  • 若者たち
  • 翼をください
  • 風
  • 遠い世界に
  • あの素晴らしい愛をもう一度
  • 冬が来る前に
  • 竹田の子守歌
  • 悲しくてやりきれない
  • Puff (The Magic Dragon)
  • 紙風船

このうち、『あの素晴らしい愛をもう一度』までが番組で取り上げられるもの、『冬が来る前に』以降は参考曲とあります。

さて、ではどの曲が私にとって魅力的だったのでしょうか。

『Puff (The Magic Dragon)』だったんですね。ご存じですか、Peter, Paul & Mary。アメリカンフォークの風が全世界に広がりを持って受け入れられた時代の立役者がPPMでした。といっても、もちろん私はその時代を知りませんから、後から仕入れた知識なんですけどね。

ギターに興味を持って色々調べたりしてみれば、PPMの名はいたるところに散見されて、当時どれほど人気があったかがわかります。『雨をよごしたのは誰』 — を歌ったのはジョーン・バエズか。PPMは『虹と共に消えた恋』とか『花はどこへ行った』とかですね。そして『パフ』人気であったと聞きます。

私の手持ち楽譜にあるPPMナンバーは『虹と共に消えた恋』と『井戸端の女』で、できればその他のPPM曲の楽譜も欲しいと思っていたのですが、たまたま手にしてみたテキストに思いがけず『パフ』。あ、こりゃ買っとけみたいな感じに思ったのでした。

でも、すぐには買わなかったんですけどね。ちょっと躊躇して、迷って、というのもPPMナンバーなら、それだけでがっちり一冊の本として出版されたりもしているので、PPMに取り組みたいならそういうのを買うのが一番でしょう。

なので、私の背を押したもう一曲を紹介しますと、それが『悲しくてやりきれない』。私はこの曲が大好きで、もともとは『イムジン川』だったんだそうですね。ところが『イムジン川』が発禁の憂き目に遭って、その悲しさをもとに生み出されたのが『悲しくてやりきれない』。『イムジン川』のメロディを逆にたどってできたという逸話を以前テレビで観たことがありました。

ところで、上のようなことをいってると、残りの曲は好きじゃないのかみたいな感じに思えますが、もちろんそうじゃないんですよ。『若者たち』は子供の頃の愛唱歌でありました(コーラスやってたのさ)し、『翼をください』、『あの素晴らしい愛をもう一度』、『冬が来る前に』はちゃんと楽譜をおさえています。

そんなわけで、結局フォーク好きの私にとっては、うってつけの番組だったといえますね。そりゃテキストも買っちまうわけです。

ところで、番組の冒頭で大勢の若者が輪になって、何本ものギターを伴奏に歌う映像が流されるのですが、当時のフォークムーブメントというのは本当にすごかったんだなと、その熱気には驚かされました。当時青年だったような人は、今でもギターを手にすればそこそこ弾いたりしまして、実に侮れない世代なのでありますよ。

2005年4月18日月曜日

Macromedia Studio

 ところでこの記事を見てくれ。こいつをどう思う?

デザイン業界の雄、AdobeとMacromediaが合併するというニュースは、まさに寝耳に水といった感じで、デザイン業界、コンピュータ業界のみならず、経済方面にもおおいに驚きをもって迎えられてるようでして、正直私も面食らってしまって、なんといったらいいかわかりません。合併とはいいましたが、実際にはAdobeがMacromediaを買収したのだそうで、その額なんと三十四億ドル。うーん、正直もうなにがなんだかよくわからん。なんとコメントしたらいいのかさえもよくわかりません。

ただ私にいえることはといいますと、Macromedia Studioユーザーである私にとっては、この買収はまずいことになるかもしれないということです。もう手に馴染んで、愛着さえもあるDreamweaverを軸としたWebスイートが消滅するようなことになったら、私はどうしたらいいんでしょう。

私のDreamweaverとのつきあいは意外に長くて、Dreamweaver 3にまでさかのぼることができます。それまで使ってきたクラリスホームページがバージョンアップに伴いとんでもなく悪い出来になってしまったことから、愛想を尽かしてDreamweaverに乗り換えを計ったのでした。これが2000年のことでして、それからずっとDreamweaverを軸としたサイト運営をしています。ええ、我がこととねはあの地味さにも関わらず、Dreamweaverで制作運営されているのです。

なんか、ソフトウェアの能力を使いきっていない典型みたいなサイトではありますが、これで意外やDreamweaverの恩恵には授かっているのですよ。Dreamweaverの良い点というのは、ひとえにHTMLを勝手に書き換えないということです。私はDreamweaverを導入してから他のWeb制作アプリなぞには脇目も振らずの一筋ユーザーでしたから、他のWysiwyg系Webアプリケーションの現状についてはよくわからないのですが、2000年時点においては、そのような行儀のよさは特筆してよいほどのものだったのです。

こととねはいうまでもなくHTML 4.01 Strictによるサイトなのでありますが、これをWeb制作アプリを使って運営するというのは案外難しいのですよ。というのはですね、たいていのWeb制作アプリは、よくいえば独自の、有り体にいえばいい加減なHTML書式に基づいて、誤ったHTMLを書くからなんですが、ところがDreamweaverは実に素性のいいHTMLを生成します。もちろんへんてこなHTMLを書かせようと思えばそれも可能ですが、ですが、アプリケーションの挙動さえ理解すれば、手書きよりもずっと早く、良質のHTMLをコーディングすることが可能になるのです。

私は以前、HTMLを一日中書くような仕事をしたことがありましたが、あの時Dreamweaverがそばになかったら、どれほど非効率に時間を浪費したかわかりません。

Dreamweaverのもう一点の恩恵。そいつは、サイト管理の便利さでした。

Dreamweaverの真価は、HTMLを書いたり、デザインをどうこうしたりというようなものではないのです。まさにこのソフトの利点というのは、サイト全体をよく掌握できるというこの点です。サイトの構成構造をハンドリングし、サーバとローカルに別れた多数のファイルを同期一致させ、急な変更にもよく対応することのできるという、まさに多量のHTML(そして少しの画像)を扱うこととねのようなサイトにはうってつけのソフトであったのです。

私は今や手が勝手にHTMLを書くような状態になっていますから、HTMLコーディングに関しては、Dreamweaver必須ではないのです。よいテキストエディタがひとつあればなんとでもできるのです。ですが、千を超えるファイルを擁することとねの管理、把握となるとそうはいきません。サイトのツリー構造を、こうした管理ツール抜きで把握し、的確にアップロードを行いというのは、非常に骨になるでしょう。

まさしくこととねの毎日更新は、Dreamweaverのもたらす便利によって成り立っているといっても過言ではないのです。

Dreamweaverについてばかりいっていますが、Fireworksについても惜しい。FireworksとAdobe Photoshopを比べれば、圧倒的にPhotoshopのほうが多機能で高機能です。ですが、機能が多くて高度ならいいというものではありません。物事には、手頃なバランスというのが必要なのです。

その点、Fireworksは優れていました。少なくともイラストを描いたり、写真をレタッチするという点においては不足のあるだろうソフトではありますが、Web向けグラフィックを作成するということにかけては、必要充分機能を揃えて、実に使いやすかったのです。手頃で、使い勝手もよく、私には手放せないソフトですが、この合併(買収)で危機に瀕するのはFireworksであると思われます。

だって、Photoshopがあるんですよ。ImageReadyもありますしね。ってなわけで、一番最初に淘汰されるのはFireworksなんじゃないかしら、ってそりゃあんまりだ!

私はMac OS X 10.4 Tiger購入を決めて、もしそれで今手持ちのMacromedia Studio MXがうまく動かないようなことにでもなれば、Studio MX 2004 Upgrade from Studio MXを購入するつもりでいたんです。ところがそれがこういう状況になってしまって、ちょっと手を出しにくくなってしまいました。どう進もうにも、正式なアナウンスのない限り身動きのとれない状況です。

あしたはどっちだ!?

参考資料

2005年4月17日日曜日

Add It Up (1981-1993)

 私のCDラックは少しばかり混沌としていて、けれどこの間iTunesに手持ちのCDをすべて読み込んでみたおかげで、随分見通しがよくなったのでした。さて、その読み込み作業によって発掘されたCDがあったことは、以前にもいいましたとおりでありまして、で、そのクラシックジャンルに紛れ込んでいた非クラシックアルバムというのが『Add It Up (1981-1993)』。ジェズアルドで書いたときにはこれをメタルだなんていってましたが、おおっとこいつは思い違い。CDDBで取得したデータによると、この曲はAlternative & Punkに分類されて、ところが私このジャンルがどういうジャンルなのか全然ピンとこないときています。

発売元であるポリドールによればロックなんだそうですが、帯のあおり文句をちょっと引用しますと、

ミルウォーキーの変わり者バンド、ヴァイオレント・ファムズのベスト・アルバム。

バンド初期のアヴァンギャルドでパンキッシュな曲や彼ら得意のカントリー・ゴスペル調の曲、そしてユーモアと皮肉が込められた歌詞に熱狂的なライヴ。このアルバムでヴァイオレント・ファムズのカルト的な人気の秘密を知ろう。

だなんて書いてありましてね、なんだかものすごくマニアックなグループのようでありまして、実際これはこのアルバムを聞いてみればわかることであると思います。

なんといったらいいのか、うまさとか洗練とかを目指していないようなんです。なんか冗談みたいな感じで、気楽にやっつけみたいな感じでやってるかと思えば、なんか悪のりしてナンセンスを追求してるみたいのもあるんですが、正直私はこの人たちの音楽をつかみあぐねています。いや、だってさ、気付いたらCDラックに入っていたアルバムなんですよ。いつ買ったかどころか、なんで買ったかさえ覚えていないし、外盤なら投げ売りセールで買ったんだろうというところが、日本盤ですからなおさら入手の意図が不明です。包装ははいであったから、一度は聴いたのかも知れませんが、その聴いたという印象さえすっかり抜け落ちて、本当に聴いたんだかも疑わしい。本当に謎のアルバムなのであります。

iTunesに取り込む際、ジャケットだけ見て、多分一生聴くことはないだろう。でもまあ、せっかくだからiTunesに取り込んでおいて、シャッフルのにぎわいにでもなればいいだろうとか思っていたんですが、ああ、この私の見識違い。このバンド、かなりいかした音楽をやっていて、私はすっかりこの変わり者バンドに参ってしまったのでありました。

iTunesでのパーティーシャッフル中に、このアルバムから「ジーザス・ウォーキング・オン・ザ・ウォーター」が選ばれまして、思い掛けないのりの思い掛けない音楽におおっと思って、曲名を確認しないではおられませんでした。Jesus Walking on the Water。素晴らしい曲だと思いました。なんか悪のり調のカントリーソングみたいなよくわからん曲だったのですが、頭から聞き直してみて、これがあの偶然発掘されたアルバムであるとわかって、ちゃんとしたオーディオ装置を通して聴いて、こいつはいいぜ! と思ったのでした。

でも、正直一般うけはしない音楽だとは思う。帯にある変わり者バンドという称号は伊達ではないと思います。でも、その変わり者な感じが私にはすごくクールだったんですね。

だから、もし今この文章読んでるあんたに変わり者の自覚があるなら、是非ともおすすめだ。

引用

  • ヴァイオレント・ファムズ『Add It Up (1981-1993)』の帯 ポリドール:スラッシュ POCD-1129,CD,1993年。