2005年3月12日土曜日

ジェズアルド:テネブレ - 聖金曜日のレスポンソリウム

 私はこのところ、いつかiPodを買う日のために、手持ちのCDをiTunesにせっせと取り込んでいるのですが、この単純になりかねない作業が意外に楽しかったりするんですよね。買ってその後忘れていたCDを再発見する楽しさ。このところ聴いていなかった作品に再び出会う喜び。私はこの数年、クラシック音楽から離れていたのですが、その距離が逆にクラシック音楽の美しさを際立たせるようです。私の好きな歌に、久しぶりの君はとてもきれいという歌詞があるのですが、まさに今の私のクラシック音楽に対する思いのようです。

私はCDを大ざっぱにジャンル分けして棚に突っ込んでいるのですが、どうもよくわからないものはクラシックジャンルに投げ込むという癖があるようです。iTunesに取り込むときにCDDBから曲情報を取得しますが、はじめてこれでジャンルを知ることもあって、この間、クラシックにメタルが紛れ込んでいるのを発見したところだったのです。だから、まだジャンル違いが入っていてもおかしくないと思っていました。

CDジャケットの裏面。黒地にアルファベットでアルバム名やなにやらがいろんな色でぎゅうぎゅうに押し込まれたタイポグラフィをみて、またロックかなにかが出てきたかと思ったんですね。でも曲目を見ればロックではないようだ。じゃあ最近の作曲家かな、と思ってよく見たらドン・カルロ・ジェズアルドではありませんか。

ああ、ジェズアルド。ルネサンス末期の作曲家にして、常に前衛を走る彼ならば、このジャケットもありだよな。お似合いのジャケットワークだと納得しました。

ジェズアルドを理解するためのキーワードは、マニエリスムをおいて他にないでしょう。思い掛けない跳躍、唐突な転調、半音階的書法は息詰るような激しさを秘めて、不協和音のせめぎ合いもすさまじい。音楽とは緊張と弛緩のドラマに他なりませんが、ジェズアルドを聴くとそうしたことが本当によくわかります。

これでもかと激情が聴き手の心を揺さぶるかのようで、なのに恍惚とするような美しさを持っている。美しくおしとやかに、つんとすましてるだけが音楽か? いやそうじゃない。そのうちに激動を隠していてこそ、美しさは本物となるのです。

ちょっとここで蛇足っぽく、マニエリスムについて書こうとしたのですが、一言で説明するにはマニエリスムはあまりに厄介すぎるのでやめときます。ただ私は、マニエリスムとはひとつの様式が完成をみて正統性を勝ち取った後に、その美点を極端に強調することで完成しているという退屈を破り、更なる美を志向する、唯美耽美的な意識なんじゃないかと思っています。

だから、前衛には(その時代を問わず)マニエリスムの要素が充ち満ちますし、美術や音楽といった芸術にかぎらず、あらゆる側面にマニエリスムは現れます。例えば、漫画が不条理を追求したことがありましたが、それもマニエリスム運動のひとつでありましょうし、美しい絵、可愛い絵を追求した結果として現れる萌えという概念もマニエリスムであるといえると思っています。

そういう見方をすれば、私たちの身の回りにはマニエリスムがいろいろあって、私たちは今もマニエリスムの時代に生きているのだと思うんですね。

引用

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