2005年3月11日金曜日

女神の寝室

 大学でうけた教育心理学の授業。大学の先生なんてのは誰もどこかおかしなもので、その先生も例に漏れることなく変わった人でした。けれど授業は面白かった。その日の授業で扱うトピックに応じて、ビデオやら漫画やらを用意してきて、それがひとつの例となっているんですね。

私が深見じゅんと出会ったのは、この授業でだったのです。心理学の用語に移行対象というのがあります。自我が芽生え親離れのはじめる時期、不安を紛らわせようと、ぬいぐるみや毛布を肌身離さず持ち歩く子供がいます。このぬいぐるみや毛布が移行対象と呼ばれ、それがないと不安で仕方がなくなる。もちろん私にもあって、私の場合は郷ひろみと名付けられた人形でした。

深見じゅんの『ぽっかぽか』に出て来るあすかの移行対象はくんちゃんというクマのぬいぐるみでした。『ぽっかぽか6』に収録された話で、あまりに鮮やかに編集されたプリントに見るあすかとちち、ははのストーリーがよくって、私は深見じゅんの読者になったのでした。

それまで知らなかったレディースコミックの世界に触れて、私は貪欲に深見作品を買い集めていって、ついにはYouまで講読するようになりました。私にとっての深見体験の初期に今回紹介する『女神の寝室』はあって、甘い理想的な恋愛とその裏側に(理想的に)揺れる女心みたいのに打たれてしまったのでした。

私はいうまでもなく男で、女心なんてみじんも持っていないのですが、それでもすごく共感できたんです。恋愛に対し、強がったり屈折したり、嘘をついたり迷ったり。この巻に収録される短編四編が、それぞれに素直になれなかった女性を主人公にしていて、そして最後にヒロインは虚栄の自分を捨て自然体の私に立ち返るのです。

自然体の私。深見じゅんのテーマは、これに集約されるのではないかと思います。『ぽっかぽか』にしても、自然体夫婦、自然体親子のドラマといえます。特に、九十年代は自然体への憧れが強く、おそらくそれは虚栄と狂乱のバブル期を終えた反動だったのでしょう。『女神の寝室』に見る自然体、私にはほっとできる物語ばかりで、あるいは私みたいなものでも希望を仄かに感じられるようなシチュエーションが嬉しかった。こうした感想を持った女性は多かったのかも知れません。あの当時の深見人気を支えたのは、憧れやまぬ自然体への回帰であったのかと思います。

  • 深見じゅん『女神の寝室』(YOUコミックス) 東京:集英社,1995年。

蛇足:

収録作の「ごっこ」がなかでも好きだったのです。好きになった男性に嘘をつき続けたヒロインが、別れを告げようとしたときの言葉、— あなたのおかげで少し世の中と仲良くなりました

世の中を愛しにくい私にとって、この言葉はすごく響くのです。そして、やっぱり泣かされるのです(なにしろ私は涙腺のパッキンが壊れているのだからな)。

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