2011年5月4日水曜日

放浪息子

 今日はいろいろをお休みして、一日『放浪息子』を読んで終わったという感じでした。最初は一冊だけ、2巻ですね、読んで終わるつもりだったんですけど、もう一冊もう一冊と重ねてしまいまして、結局11巻、現在出ている最新の巻ですね、まで読んでしまったのでした。しかし、面白いです。アニメから入った私ですが、あれって結構大胆にアレンジされてるんだ。いや、大きな改変があるとは聞いていたんです。でも、その改変って、この、彼ら、彼女らの物語を、12回という限定された時間内で展開しまとめるには必要なものだったんだ、そう思える、非常に納得性の高いものであったんだとも理解して、アニメの制作者たちは、『放浪息子』という物語を前に、臆せず立ち向かったんだなあ、そんな気持ちになったのですね。

さて、そんな原作『放浪息子』。これは、やっぱりすごいものだなって思いました。登場人物はたくさんあって、メインこそは女の子になりたい男の子、二鳥修一と、男の子になりたい女の子、高槻よしの。ふたりがメインであるのですが、このふたりで物語は完結せず、姉弟、友人それぞれの気持ち、思っていること、そして彼らの経験する出来事、丁寧に描かれるのですね。『放浪息子』という物語、それを生きているのは二鳥修一で高槻よしのであるけれど、この漫画の登場人物ひとりひとりが間違いなく自分の物語を生きている。そうした存在感をしっかり持っていて、その総体が『放浪息子』であるのだと思える。それこそストーリーを動かすための機能として用意された、そんな人はひとりもいないんだ。みんながみんな、大事な人なんだ、たとえ私がその人のこと好きになれないのだとしても、そう思わせる力を持って、私の前にぐーっと立ち上がってくるのですね。

アニメ『放浪息子』を見た時の感想に、これは、ここに描かれた時間、それだけの物語なのではなく、描かれる前の時間、そこにも彼らは生きて、暮らして、多くを思ってきたし、そしてこの後の時間、これからの時間にも彼らは生きて、暮らして、多くを思っていくんだろうな。そうしたものがあったんですね。そう思ったのは、原作が小学生の頃からの彼らを描いて、そしてまだ完結していない、そうした知識もあったからなのかも知れない。けれど、原作を読んで私は、やっぱりその思いを強くして、そう、私が誰かと出会って、その人のことを知っていくとき、この人には私と出会うまでに生きてきた時間があったんだな、その知らない頃の出来事、それに思いを馳せる、そんな感覚に似ている。私はそれについて知りたいし、けれどその経験をともにすることはできなくて、だからせめて今、ともにいる間のことだけでも一緒に経験していきたい。そんな気持ち、そんな思いがする物語、それが『放浪息子』でした。

『放浪息子』の面白いのは、女装少年や男装女子、異性装主人公の物語だからではなくて、自分はいったいどのようにありたいのだろう、それに思い悩んでいる人たちの物語だからなのだとも思います。私はたまたま、男としての自分を否定したかった、女として生まれたかった、そう思っていた時期があったものだから、ことさらににとりんやマコちゃんに感情移入するのだろうけど、でも、そうありたいと思う理想的自分と現実の自分のギャップに苦しんだ人は多いはず。いや、そうした苦しみを感じたことのないという人はいないんじゃないでしょうか。なんで自分はああなれないんだろう。なんであのポジションにいるのが自分ではないのだろう。なんで自分はこんなにも生きづらいんだろう。そうした思いを、まさに『放浪息子』の彼ら彼女らは抱いていて、思って、悩んで、苦しんで、ぶつかりあって、だからこそこれを読む私の心は忙しくなって、時に息苦しくなって、けれど愛さずにはおられない、そんな気持ちになるのだと思います。

『放浪息子』、おまけの作者身辺記も含めて読んで、私は、本当ははみだしものの癖して、妙に分別臭く考えて、分別くさく生きてきた。つまらない生きかたしてきたもんだなって思って、なんだか溜息つきたくなるような、アンニュイな気分になってしまって、人は自分の人生を生きるのに、それこそもっと子供っぽく、自分が、自分を、といった気持ちを押し出した方がいいんじゃないかな。そんなこと思ってた。そしたら、表紙の『放浪息子』というタイトルを見た母に、お前のことかと笑われて、ああ、彼らのような頃に充分に放浪しなかった私は、今もなお放浪していますよと、言葉にはしなかったけれど、答えたのでありました。

『放浪息子』、この物語はまだ終わっていないけれど、だからこそ、皆がしあわせになってくれたらいいな。そうした気持ちでいます。

  • 志村貴子『放浪息子』第1巻 (ビームコミックス) 東京:エンターブレイン,2003年。
  • 志村貴子『放浪息子』第2巻 (ビームコミックス) 東京:エンターブレイン,2004年。
  • 志村貴子『放浪息子』第3巻 (ビームコミックス) 東京:エンターブレイン,2004年。
  • 志村貴子『放浪息子』第4巻 (ビームコミックス) 東京:エンターブレイン,2005年。
  • 志村貴子『放浪息子』第5巻 (ビームコミックス) 東京:エンターブレイン,2006年。
  • 志村貴子『放浪息子』第6巻 (ビームコミックス) 東京:エンターブレイン,2007年。
  • 志村貴子『放浪息子』第7巻 (ビームコミックス) 東京:エンターブレイン,2007年。
  • 志村貴子『放浪息子』第8巻 (ビームコミックス) 東京:エンターブレイン,2008年。
  • 志村貴子『放浪息子』第9巻 (ビームコミックス) 東京:エンターブレイン,2009年。
  • 志村貴子『放浪息子』第10巻 (ビームコミックス) 東京:エンターブレイン,2010年。
  • 志村貴子『放浪息子』第11巻 (ビームコミックス) 東京:エンターブレイン,2010年。
  • 以下続刊

Blu-ray

DVD

CD

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