グレン・グールドの弾くゴルトベルク変奏曲の録音は意外にたくさん残されていて、1953年のデビュー盤、ザルツブルグにおけるライブ盤、そして1981年の盤というのが私の知る頃の相場だったのですが、それ以降もいろいろ出ていたみたいで、CBCでの録音やモスクワでの抜粋版など、もう私にはおいきれるものではありません。
グールドは演奏会活動をやめたことで知られるピアニストですが、聞いた話によると、録音をやめると発表して自分の未発表録音を高騰させようという「隠し財宝計画」なるものもあったとか。ですがこれは笑い話やなんかではなく、グールドをめぐる状況 — 録音の発掘や復刻盤などなど — を見ていると、世の中は彼の意図したとおりに動いていると思わないではいられません。
グールドのゴルトベルク変奏曲で一番有名なのは、疑いなく1981年の新録音であると思います。あるいは、グールドの残した仕事で最も知られるものが1981年のゴルトベルク変奏曲であったといいかえてもいいかも知れません。いずれにせよ、ゴルトベルクでのレコードデビュー以来、グールドにはゴルトベルク変奏曲のイメージが抜き難く、そしてそのイメージは死を間近とした最晩年のゴルトベルク変奏曲の録音で確定します。グールドといえばゴルトベルク、それどころか、ゴルトベルクといえばグールドという図式で語る人も少なくありません。
私は、グールドを1981年録音のゴルトベルクで知りました。買ったときはグールドという人のことを知らず、好きなバッハの好きなゴルトベルク変奏曲を、ピアノでの盤でもひとつ聴きたいものだと、そういう動機で買ったのがグールドのゴルトベルク変奏曲。ライナーノートに書かれた演奏中にグールド自身のうなり声や歌う声が収録されておりますが、自らの音楽表現に没頭するあまりの“演奏行為”であり、雑音ではありません
なる文言にも驚きましたが、グールドは実際こうした奇矯性でも知られた人で、ですがその奇矯性は広く受け入れられて、グールドをより特別な演奏家にしているのではないかと思います。
グールドを聴きはじめた頃は、変わり者ピアニストくらいの印象しか持っていなくて、うなり声入りのレコードにしても、夜中に一人で聴いてると怖いよねみたいな笑い話みたいにしてたのですが、それがまさか後に論文を書くまでにいたるとは思いも寄らず、ましてや全集(Glenn Gould Edition)を揃え、LDも箱で買うなどとは、論文に着手したときでさえ想像だにしなかったことでした。今ではすっかりグールディアン気取りですからね。ほんと、あの時たまたま買おうと思ったのも不思議な縁で、グールドのゴルトベルクは、私の人生を変えた演奏であるいっていいすぎではありません。
余談
私の最初のグールドのCDはちょっと特別で、普通変奏曲となると各変奏ごとにトラックを切るのに、このディスクはなんと1トラックです。一時間近くある変奏曲が丸ごとそのまま入っていて、一度聴きはじめるとノンストップで最後まで聴かないといけない、まさに本気盤。ですがこの仕様はちょっと気に入っています。
- A State of Wonder (The Complete Goldberg Variations/kototone-22"> 1955 & 1981) [FROM US]
- Bach: Goldberg Variations 1981 [FROM UK]
- Goldberg Variations [FROM US]
引用
- グールド、グレン『バッハ:ゴールドベルク変奏曲』のライナーノート Sony Records FCCC-30028,CD,1992年。
0 件のコメント:
コメントを投稿