2005年6月24日金曜日

私の岩波物語

 私にとって山本夏彦は特別です。雑誌『室内』を出している工作社の社長でありながら、自らもコラムをはじめ文章をよくした人で、その生き生きと紡がれる独特の筆致、他に類を見ることなしという形容がピタリとはまります。自身をダメの人とうそぶいて、世間社会から一歩引いたかのような醒めた視線が魅力でした。私は山本夏彦翁を人生の師のように思っています。

その夏彦翁が、出版広告といったメディアについての持論を広く展開して見せたのが『私の岩波物語』で、私はこの本を読んで、戦前戦中戦後の日本と、言葉言論出版についてのいろいろを知ることができました。いや、ただ知っただけではありません。山本夏彦の視点を通し、あたかも立ち会ったかのように観察して、私は自分のものを知らないことを知りました。本好きといいながら、その本についてなにも知っていないことを知ったのでした。

本のタイトルに岩波とあることからわかるように、岩波書店についての記述が冒頭を飾ります。しかし、ここで勘違いしてはいけないのは、学生時分に読んでずいぶんためになった岩波文庫への恩うんぬんみたいな賛辞を期待してはいけません。そんなものは一語たりともないのですから。あるのは、日本語のリズムを破壊し、日本語の日本語らしさを壊滅させた、岩波の難渋文についての批判です。それこそ、凡百の岩波賛辞を真っ向から否定して岩波の罪を断じていくさまは、岩波の権威に憧れていた少年青年時代の私からすれば一種の価値崩壊であり、しかし私はこの価値崩壊を諸手を挙げて歓迎した。なぜか? 簡単な話です。権威に憧れながらも疑問に感じていた岩波の理解しがたい文章。真っ当な日本人にはよもや理解可能とは思われない、言葉の体を成さない難渋文 — ほとんど寝言 — に悩まされたことのある人なら、夏彦翁の批判は納得いくものであるはずです。

だってさ、翻訳よりも解説の方がわかりにくいようなもあるんですよ。日本人が日本人のために日本語で書いたはずの解説だというのに、ほとんど寝言で支離滅裂一歩手前なのです。しかも、それは戦中戦後なんてもんじゃなく、つい数年前に出たような話で、私は我慢して解説も読んだのですが、はっきりいってあきれました。我々はもうすっかり反省して、わかりにくい日本語をありがたがるような風潮はやめにしようと確認し合ったのではなかったのか。通常の日本人には理解不能といわれたヘーゲルの哲学は、翻訳がまずかったから理解されなかっただけと、皆で納得し合ったのではなかったのか。

いずれ、こうした反省を経て、未だにこの出版社はこんな難渋文を平気で出すのかと、私はあきれました。

これは『私の岩波物語』に出会う三年前の感想でした。こんな私ですから、山本夏彦翁の本が面白いのは当然です。

おおっと、岩波書店以外についても書きたかったのですが、あんまりに長くなりすぎてもなんなので、続きはぜひ本を買って読んでくださいましよ。

引用

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