2005年6月18日土曜日

おひっこし — 竹易てあし漫画全集

 スイス特集は続きます。

『おひっこし』は、新感覚サムライコミック『無限の住人』で人気の沙村広明が別名義でお送りする、恋と友情のほの悲しくゆれる青春の群像がまぶしい小品です。登場人物一人一人がその個性を主張しつつ、かつ自分勝手に好きなことをいったりやったりするという無軌道さが魅力で、けれど不思議と感情はうまくからみあって、読み終えたときにはなんだか懐かしいような、そんな気分になれる佳作です。

で、なんでこれがスイスなんだ。出てくる外人もイタリア人じゃんかと、実は私はこの漫画があんまり気に入ったから何冊も買って人にあげたりしてたのですが、ちょうど日本に留学中のスイス人学生にこの本を贈ったと、そうしたことがあったのです。

私がスイス人にこの漫画を贈ったというのは、そりゃもちろん『おひっこし』とその世界が好きだからということもありますが、それよりも、日本の大学生であるとかを知るのにうってつけなんじゃないだろうかと思ったからなんです。仲間でつるんでの緩いんだかなんだかわからん毎日の情景。恋し恋されて、傷ついたり傷つけたり、けど朗らかで、けどうら悲しくて、そうした日本の学生のぶっきらぼうな現在を、この漫画は雄弁に表していると思います。

それともう一点。この漫画には、先ほどもいったとおりイタリア人が出てきます。はっきりいいまして、変なイタリア人です。女性を口説き、落とすことを自分の生きる理由に決めたバローネは、ある意味間違ったイタリア人観に基づいているのですが、けどスイス人も、バローネのドンファン的な振る舞いについては、とてもイタリア的だと笑っていたなあ。ともあれ、イタリア人バローネに向けられる日本人の常識(そしてそれはコンプレックスだ)を伝えることができれば、日本人と西洋の関係というのも理解されるのではないかなあと、そんな思いもあったのでした。

けど、そういったごちゃごちゃしたこといってないで、読めば面白いんですから、それがすべてでしょう。結局、私がこの漫画を好きなのは、日本の常識を意にも介さないような彼らの傍若無人さであるとか、歯に衣着せぬ物言いであるとか、そういうコミュニケーションの面白さがあるからなんです。そして、あちこちにちりばめられたパロディ、サブカル的要素。多分、作者は私と同じくらいの年代なんじゃないでしょうか。ともあれ、ある一時に表れては去った風俗流行を捉え、それを小ネタとしてちりばめるというところにしびれましたね。

同時収録の『少女漫画家無宿 涙のランチョン日記』は、どんどんと境遇の変わるヒロインのそのアップダウンぶりが魅力で、私は『おひっこし』だけでなくこの漫画もかなり好きなのですが、それは沙村の無茶無理矢理を違和感なく見せてしまう力と、そして描かれる人の心の自由さがたまらないからなのでしょう。だから『無限の住人』ももちろん好き。私は沙村広明の漫画は好きになるようにできているようです。

さてさて、それで『ランチョン日記』にも小ネタはちりばめられていて、しかもそれがフレンチポップス周辺ときているもんだから、私には極めて面白かった。ええ、本筋で面白く、小ネタでも面白く、その両者が付かず離れずの距離で展開されるというのはすごいことであると思います。

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