2009年11月6日金曜日

凛 ― COCORO NAVI Another View

 実は買おうかどうか、直前までずっと迷っていました。『凛 — COCORO NAVI Another View』。『コミックエール!』にて連載されていたのだけれど、雑誌の休刊をうけて連載途上で終了。完結は単行本でという運びになって、実に不遇な漫画であったのですが、しかし、そのラストを読みたい? と問われると、ちょっと足踏みしてしまって、なんでかって、単純に、去る者は日日に疎しっていうやつですよ。連載の終了すなわち『エール!』の休刊は2009年5月のことで、単行本が出たのはつい先日の10月15日。申し訳ないけど、どんな漫画だったかほとんど覚えていない。だから、どうしようかなって思ったのでした。

けれど、店頭にいって、新刊のコーナーに平積みされているのを見て、よし、わかった、買おうじゃないか。その気になったのでありました。理由? よくわかりません。表紙のせいかも。あるいは、書店店頭の雰囲気がそうさせたのかも。わからないけれど、迷うくらいなら、買ったほうがいいという判断が急遽なされて、そして読んで、ああ、いいじゃないか。これはBlogに書こう、そう思ったのだけど、思わぬ悲しいことがあったために書けなくなってしまい、あとはなにやらばたばたと、めずらしく書くことが立て続けに続いたもので、今日まで書けずにきてしまったのでした。

『凛 — COCORO NAVI Another View』、サブタイトルにあるように、ゲーム『こころナビ』をベースとした漫画であります。複数いるヒロインのうち、主人公の妹、凛子シナリオをピックアップして、聞けばかなり忠実にイベントをとりあげて、そして凛子の心情などを掘り下げているのだとか。そうかあ、そういう話を聞くとゲームもプレイしてみたくなるな。ゲームの出たのは2003年6月27日。ずいぶん以前と感じられますが、これもしダウンロード販売とかされてたら、買ってたろうなと思います。ネットワークごしのやりとりは、考えるよりもはやく決済がすんでしまうので、つくづく危険であるという話です。

ゲームの出たのは2003年6月。仮想空間での生活を大々的にアピールしたSecond Lifeの正式公開も2003年6月。『こころナビ』は、ラウンダーと呼ばれるアバターを介してWebの世界を経験しようという、そうした仕組みが物語を動かす大きな要素として存在していて、これは当時の、MMOに慣れ、アバターに慣れたネットワーカーが望んだ世界のありかたを映したものであったのかも知れませんね。あるいは、かつて流行したペルソナウェア。そのエージェントの発展形として夢見られたもの、それがラウンダーであったのかも知れません。

『こころナビ』において、ラウンダーは自律的に思考し行動する人工知能を備えたものとして描かれており、ユーザーの分身としてよりも、アシスタントとしてとらえるべきもののように見えるのですが、突然どこからか送られてきたソフトウェア、こころナビによって、凛子は自分のラウンダー、蘭煌と同化してしまいます。凛子の感覚を伴ったまま、自由に振る舞う蘭煌。その様子に戸惑い、また振り回されながらも、蘭煌の感じたことを受けて、それまで心の奥底に沈めてしまっていた自分の感情、寂しいという感情に気付かされてしまう — 。そのプロセスは、現実において疲弊してしまっている凛子の状況をうけて、どこか切なく、そして寂しさを否定しようとする凛子の姿が、ことさらにその状況を強調していたように思われます。人に疲れ、人を拒絶しているけれど、人を欲してしまっている。そうした内心を、蘭煌の意識により掘り起こされてしまう。そして、兄の変化。なにかが動いている。その動きを生み出したものがこころナビであったのですね。

でも、こころナビはきっかけにすぎなかった。そうしたところがよかったと思っています。こころナビや、ラウンダー蘭煌、ラウンダーリュウヤといったギミックは、凛子や兄勇太郎に影響しながらも、彼らを支配はしないんですね。いずれ気付く。兄は、ネットで出会っている蘭煌の向こうに自分の妹がいると。そしてふたりともに、自分の抱えている感情の正体にいきあたって、凛子はだんだんに昔の感情を取り戻していって、こころナビを失って — 。

これは漫画で、もともとはゲームで、だから願望や夢がそのままに優しく描かれていると思うのだけれど、現実にはありにくいと思えることも自然さをともなってありえてくれる、これはつまらないリアルに対するせめてもの抵抗なのかも知れません。でもこうした理想とも思える甘い世界に触れて、こうした理想に美しさや憧れめいたものを感じてしまう私を発見して、そうか、私も、誰とも触れあうことのできない寂しさを意識の底に埋ずめてしまっているひとりであったのですね。ゆえに、凛子の気持ちに共感を覚えて、だからあの甘いラストに、自分を受け止めてくれる誰かがいてくれるというしあわせに、ほっとあたたかな気持ちを得たというのでしょう。

  • しんやそうきち『凛 — COCORO NAVI Another View』Q-X原作 (まんがタイムKRコミックス エールシリーズ) 東京:芳文社,2009年。

引用

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