2008年5月27日火曜日

とりねこ

 『とりねこ』、鳥と猫という相容れない存在をタイトルに盛り込んで、そう、この漫画は対照的なるものの同居ものなのであります。鳥と猫、鳥は文鳥、猫は猫、文鳥の名前は大福、和菓子で、猫の名前はマカロン、洋菓子、文鳥の飼い主はボーイッシュ眼鏡の美少女、猫の飼い主はフェミニンな美女。けれどこんなふたりには似たところがあって、それは自分のペット大好きというところです。ペットの文鳥を馬鹿にされて大げんか、結果アパートを追い出されることになった梅田ちはると、ひとり大好き、マカロンがいればそれでいいの、しかし人付き合い苦手が高じて弟にまで心配される七北田亜希。自分のペットを愛して愛して愛しているということに関しては負けず劣らずですが、それ以外は結構違っているふたりの同居をめぐる風景が描かれて、それがなんだか楽しい漫画です。あ、名前が春と秋で対照になっていますね。

けれど、実はそんなにちはると亜希って対照的ではないなあと、はじまった当初なんかは思っていて、それはきっと亜希が猫かぶってたからだな、ってのは別に駄洒落をいいたかったわけじゃありません。人前ではしっかりとしたクールな美女を演じているけれど、プライベートでは結構だらしなくて、しかしそうした性質も魅力的と感じられるのはどうしたもんでしょう。天真爛漫、行き当たりばったり、根は明るくポジティブで、喜怒哀楽が豊か。しかしながら我が強く、わがままをとおす術を知っていて、時には思いやりを示すもののどことなく自分ペースは健在で、けどそれが嫌みに見えないのは美人だから? でもさあ、こんな姉がいたらなあって思いますよ、実際の話。44から45ページにかけてのシーケンス、おかえりちはる!から一緒に食べようと思って待ってたのの流れ、ああ、もう、なんて魅力的なんだ。っていうのは、きっとこの人が私の姉ではないからそう思うんだろうな。もし実の姉がこんなこといい出したら、全力で警戒しなければならないシチュエーションです。

亜希さんがポジティブならちはるは結構ネガティブ。心配性の不幸体質で、わりかし神経質、でもってきっとお人よし。人の顔色うかがうようなそぶり見せる割に、思ったことを思ったままにいうタイプで、つましい倹約家、物事はきっちりこなさないと気が済まないくせに、意外とうかつでおっちょこちょい。クールなふりしてるけど、困った人を見ると手助けしないではいられないような、本心と自己表現がちょっとずれてるようなところがどうしようもなくキュートなお嬢さんです。この人のいいところは、こうした人のよさを亜希さんにすっかり見通されてしまっているとこじゃないかなと思ってて、それどころかマカロンにさえいい感じに振り回されて、でもそれがだらしないとか情けないとかじゃなくて、なによりの魅力と感じられるんですね。ほんと、かわいい人だと思います。昔、学生時分、後輩にこんな感じのお嬢さんがいましてね、私結構好きだったんですが、どうともなりませんでした。ともあれ私は、こういう自分には魅力がないと思い込んでいるお嬢さんが気になるようにできていて、なにをいってるんだ、こんなにも魅力的だのに! とはげましたくなる性質を持っているものだから、ちはる見てると、もうたまらんね。こんな調子だから、『とりねこ』、連載の開始された当初から、一貫して好きであり続けました。ええ、本当、好きでした。

私がこの漫画を好きだというのは、ふたりのヒロインが魅力的ということもあったけれど、ふたりのペットであるマカロンそして大福さんもまた魅力的だったから。ええ、私は猫が、そして鳥も好きなんです。あれは幼稚園に通っていた時だったかなあ、もう小学校に上がってたかな? うちに白文鳥が迷い込んできたことがあったんです。その鳥を母とふたりでうまいこと捕獲して、保護して、しまいにはうちの鳥になったんですけど、その後つがいを買ってきて、雛も生まれて、都合六七年飼っていましたね。いや、迷い込んできた文鳥は八九年あるいはもうちょっと生きてたかも。私が中学生だった頃の、季節は冬、寒さでね、死んじゃいましてね、かわいそうなことをしたと思っています。鳥は自己主張できないから。申し訳ないことしました。

文鳥は雛のうちから人に馴らすと、手乗りになりまして、それはそれはかわいいものなんです。チチ、チチと鳴きながら飛び回って、肩に、手に、頭に乗って、愛嬌をふりまきます。鳥を放している時は、踏んだりしたらおおごとだから、足もとなど細心の注意はらって、ガスなんかも全部消して、危なくないようにして過ごすのですが、本当、楽しかったですよ。子供の頃は籠の鳥に歌いかけたりしましてね、ええ、鳥はよいものです。そんな楽しさ、嬉しさ、かわいさ、心地よさをこの漫画は思い出させてくれたから、なおさらに好きだったのでしょうか。

それほどにストーリーが込み入って盛り上がるような漫画ではなく、細部にこまやかな面白さ、楽しさが込められた、愛らしい連作掌編の趣のある話であったと思います。ペットのいる生活の楽しさは、ペットにいやされる、喜びを与えられるばかりでなく、弱い彼らを守ってやらないといかんのだという、そうした責任も込みであるからこそのものなんだと感じられる漫画でした。自分のペットは大事、だからこそ他人のペットも大事、ましてや大切な同居人のともなれば……。そうした心配りが感じられたところもまたよかったと思っていて、猫好きと鳥好きは同居できる。違った個性、感性をお互いに認めあいながら、楽しく暮らしていける。こうした感じが幸いでした。けど、最後には自立を選択するというところ、甘えすぎず、けれど突き放したりはしない。それぞれが相手を、自分のやり方で尊重し、愛着を示して、そうしたべたべたしすぎない、程々の距離をわきまえた友達のあり方というのは、素敵だな。そう思わせてくれたんですね。

実際の話、もっと読みたい、続きがあるなら! と思うくらいのところで終わったのは残念だったところで、けれどそうした飢餓感を残すくらいが丁度よかったのかも知れませんね。それにこの話が、前後編の『ファミレス☆スマイル』に連なっていたように、この話に多少の関係を持った物語が今後描かれないとも限らない。いや、たとえそれが描かれなくっても、新しい生活を始める二人の関係の広がりが示されたラストは、飢餓感を和らげる、そんなふくよかさを持っていたと感じられます。

ところで、あまりに大福さんがかわいいから、自分でも描いてみたくなりました。

Daifukusan

トラックボールでがんばった! でも、やっぱり野々原さんの描く大福さんの柔らかさ、愛らしさは特別で、私の絵はなんだか鏡餅みたい。野々原さんの大福さんは、リアル志向もデフォルメされたのも、皆かわいく、眺めているだけで嬉しくなるようなチャーミングさにあふれています。ああ、Vol. 07の扉絵などは、このうえもなく魅力的で、なんとか壁紙にとかできないかなあ。無理だろうなあ、私はそっち方面の才能ないから。なので、たまにページ開いて愛でる、そういう感じでいきたいと思います。

蛇足

七北田、梅田、そして広瀬。これってみんな川の名前なんですね。七北田は、よう読めませんでした。ななきた、難読地名ってやつですね。

  • 野々原ちき『とりねこ』(まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2008年。

引用

  • 野々原ちき『とりねこ』(東京:芳文社,2008年)、44頁。
  • 同前,45頁。

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