2007年3月9日金曜日

反社会学の不埒な研究報告

 つっこみ力』を読んで、マッツァン、あんたいい人だなあ、と思ったのがきっかけになって、ついムラムラと買ってしまった『反社会学の不埒な研究報告』。読み終えました。それで思ったのですが、やっぱりこの人の本は面白いなあ。面白さにもいろいろあるけれど、この本の面白さというのは漫画家あさりよしとおの名著『HAL — はいぱあ あかでみっく らぼ』に通ずるものがあります。両者に共通しているのはなにかというと、諧謔、おちょくり、そしてブラックなユーモアといおうか、きちんとした理解や知識をベースに、うさんくさい話を開陳するという、そういうとんでもなさなのだと思います。

けど、こういう芸風って結構危険なんですよね。特に日本ではおふざけ、パロディ、ブラックユーモアは不謹慎という風潮がまだまだ残っているから(でも、昔にはそれこそこういう精神はたくましかったはずなんだけど)、なんだふざけたこといいやがって、馬鹿にしてんのかみたいな人もきっといるんじゃないかなあと思うんです。でも、正直な話、怒るほうがまだましかな、というのはですね、書いてあることを額面どおりに受け取って、そうなんだと真に受ける人もいるからで、いやいやいや、そこ皮肉だから、ギャグだから、どう考えてもそれ著者はそうは考えてないから、むしろ逆だから。そういう人を見ると、つっこみ待ちなんだろうかと対応に迷うこともあるんですが、でも実際つっこもうという気にはならないですね。

だからちょっと危険な『HAL』、そしてマッツァリーノの本は、なんでもかんでも真に受ける人にはあんまりお勧めできないと思います。けど、読みながらどしどし突っ込み入れられるような人なら適性あり、不謹慎ジョークもどんとこいという人ならばっちりだと思います。関西向け? いや、それはどうだろう。

『反社会学の不埒な研究報告』は前著『反社会学講座』に比べれば随分とマイルドな本に仕上がってるなと感じます。いや、マイルドというのは別にこの本が毒が少ないといいたいわけではなくて、大ネタのほとんどは『反社会学講座』に収録されているという事情にあるといった方がいいと思います。『反社会学講座』においては、少年犯罪の増加やパラサイトシングル、フリーター、少子化等々、世間的に常識とされているような事柄、けどそれほんとにほんとなのか? となんとはなしにうさんくさく感じていた言説に対して、豊富なデータ、資料を武器にばりんばりんと切り込んで、お前ら嘘八百といってのけるそのいいざまが痛快だった。ところが『反社会学の不埒な研究報告』ではどちらかといえばこぢんまりとしたネタが中心だから、ちょっと痛快の度合いは少ないといわざるを得ないでしょう。けど、そのかわりに本論の前後にちょっとしたコント? が入るなど、そういう方面のネタは豊富になりました。常識をひっくり返す凄みが薄れた代わりに、ブラックユーモア、おふざけの類いが増えて、こういうのが嫌いじゃないならきっと楽しめる一冊だと思います。私はというと、安城子子子あんじょうシネコとか大好きだから、別に問題なく楽しめて、我ながら得な性格であると思います。安城子子子については御意見無用3 自著を語るで読めますので、よろしければご一読を(しかし、ここにすでにつっこみ力、そしてカフェ・ソンブレロが現れているというのは特筆ものですね)。

私は、本なんてなんかの役に立たせようと思って読むもんじゃないと思ってるんですが、それでもなにかしら役に立ってしまうということもあるのが本というものです。それは『反社会学の不埒な研究報告』についても同様で、この本、よくメディアリテラシーやリサーチリテラシーという側面から取り上げられますが、けど私は逆に調べものをしなければならない人、学生とかにとって有用な情報がてんこ盛りであると思うんです。普通、社会学にせよなんにせよ、資料やデータを使ってなにをかいおうという本というのは、調べた結果こそ載せれど、どうやって調べたかなんてのはくどくど書かないものなんですね。けど、この人の本はそのプロセスが書かれていまして、例えば「くよくよのラーメン」。くよくよという語がどれくらい使われていたかを調べるために、新聞記事全文索引と大宅壮一文庫雑誌記事索引を使っていることが書かれています。が、このへんは極めて基本的なツール。注目すべきは、ラーメン店の数を推測しようというその手続きだと思います。厚生労働省や総務省の資料を検討して、最後に経済産業省の資料にたどり着く。資料を探すという地味な作業、図書館に通い詰めたり、どんな切り口で資料を読めば自分の望むデータが得られるかなど、試行錯誤の流れが感じ取れて面白い。「くよくよのラーメン」がデータの収集編だとすれば、「シェフの気まぐれ社会調査」はさながら統計の読み方編。論文、レポートを書かないといけないような人には、きっといい示唆を与えてくれるんじゃないかなあとそんな風に思います。

と、こんな具合にこの本は基本的に統計やデータを駆使して書かれているのですが、けれど最終章はちょっと異色で、ええと、コントです。コント「あなたにもビジネス書が書ける」。コントといってもお笑いのコントじゃなくて、原義に近いものだと思います。ええと、広辞苑を見るとこんな感じ:

コント【conte フランス】
1. 軽妙な短い物語。短編よりさらに短い小説。掌話。
2. 諷刺・諧謔に富んだ寸劇。

2かな? うさんくさいライターが主人公の短編で、ここにきてこういう搦め手を持ち出してきたというのは、それはつまり結局は思いつきのモットー、スローガンの寄せ集めに過ぎないビジネス書を扱うには、このほうがむしろ向きだということなんでしょうね。確かに、社会学だったらデータを扱いますけど、ビジネス書はそんなことないですもんね。うさんくさい、都市伝説じみた言説を振り回して、裏付けもなにもあったもんじゃないスローガンをそれっぽく説明してやがるってのを明らかにするには、確かに有効だったのかもなあと思います。都市伝説じみた云々というのがどういうことか知りたい方は、マレービアンないしメラビアンをキーワードにして検索してみてください(わお、参ったな、マッツァリーノが引っかかっちゃったよ、しかも都市伝説ってマッツァリーノがいってるんじゃん)。

コントの感想。鮎川小夜あゆかわさやさんが素敵だと思いました。わあ、我ながらひどい感想!

参考

  • マッツァリーノ,パオロ『反社会学講座』東京:イースト・プレス,2004年。
  • マッツァリーノ,パオロ『つっこみ力』(ちくま新書) 東京:筑摩書房,2007年。

引用

  • コントの項.『広辞苑 第四版』CD-ROM版 東京:岩波書店,1993年。

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