『街角花だより』は実はずっと心残りだったのです。私のはじめて出会ったこうの史代の漫画で、たまたまもらった雑誌『クレヨンしんちゃん特集号』にその最終回が収録されていたんですね。でも、その時は特に記憶にとどめるでもなく、そのままに流してしまったのですが、ところが再び出会うのです。それはいつかというと、『山田のりこ』目当てで買いはじめた『まんがタウン・オリジナル』でして、けどまあ運の悪いというかどういうタイミングなのか、その回というのも最終回だったんです。ええと、ちょっと話がややこしいので整理しますと、『街角花だより』には二種類あるのです。『クレしん特集号』時代のものと『タウン・オリジナル』時代のものの二種類。よりにもよって私というやつは、その両方の最終回ばかりを読んでいる。そういう偶然があったのです。
けど、普通なら忘れてしまいますわな。だって最終回ですよ。四コマ誌所収のショートストーリー。基本読み捨てが前提だった四コマならともかく、やっぱりストーリーものというのは一見には取っつきにくい。実際私もいったんは見落としてしまったのですが、けど『ぴっぴら帳』にはまってしまったものですから、そうなんですよ、バックナンバーを遡ったのです。手近にある雑誌にこうの史代の名前を探していって、ついに『街角花だより』の最終回にたどり着いたのですね。様子も知れない雑誌の中で、ともすればそのまま知らないままになってしまいかねないところを、再び三度出会うことのできた私は本当に幸運だったと思います。この愛らしい小品を知らないままにいたとしたら、それはすごく残念なことであったと思いますから。
こうの史代というと『夕凪の街 桜の国』がまさしく大ブレイク、一躍有名になった人ですが、けどその以前にはこういう漫画を描いていらしたんです。ぱっと見には地味な絵柄、トーンを使わず粗いハッチングで表現されるその雰囲気は、なぜかむしろ温かみが感じられて、微細な描写に人の内面、心のうちが描き出されるような感じがします。私が引きつけられたというのは、まさにこういうところだと思うんです。人間がすごく近しいと感じられる。善き隣り人というのはこういう人のことをいうんじゃないだろうかって思える。とんでもないところもあるし、そもそもが変わり者っぽい面々。けれど憎めない。むしろこういう人たちのお仲間に入れて欲しいと思える、そういう人たちがいとおしい漫画であると思います。
けど、毎回はすごく短いんですよね。読み直して思ったんですが、5ページとか6ページですもんね。ほんとにこんなに短かったっけと思って、『クレしん特集号』引っ張り出してきたら、間違いなく5ページでした。だけど、こんなに少ない紙数でなんでこんなにもふくよかにふくらみがあるのだろうって思います。日常があり、日常の些事の合間にちょっとどたばた風のギャグが入り込んで、けどなにか心の通うようなところがあるんです。それも、表立って描かれてるわけでもないのに、やっぱり繋がっていると感じる。街角に咲く花ごしに、ふと見上げた空に、何気ない暮らしの風景に人の姿を見つけては、気持ちのそこに行き渡っていると感じられる。ここですよ、私がこうの史代を好きになったというのは。世界の中心になんて決して思わないような、むしろ隅っこに安住の地を見いだそうというような人たちばかりが出てくる漫画なのに、この世界はすごく豊かにチャーミングに思えます。いや、世界が豊かであるということは、そうした隅っこの人たちが日常を平穏に送ることができるということなんだと、そういう風にさえ思えてくる、本当に素敵な一冊です。
それはそうと、店長がかわいいんですよね。ほんと、とんでもなくかわいいんですよね。こうの史代の魅力的なヒロイン群においても、屈指であると肯います。こんな人に出会えたならば、私はきっとほっとかない。それくらいに魅力的だと思います。
- こうの史代『街角花だより』(アクションコミックス) 東京:双葉社,2007年。
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