2006年1月28日土曜日

私の1997

今日は、昔、一緒に中国語を習っていた人たちと会ってきました。もうみんな大人で、私が一番か二番目かくらいに若いという会で、仕事をリタイアしたという人の方が多い。そういう会です。

私が中国語を習っていたのはまだ学生だった頃の話ですから、もう何年前のことになるんでしょう。大学院に入ったのが1997年のことだから、多分、その翌年くらいにははじめてたんじゃないでしょうか。その、私が中国語を始める数年前に、中国でヒットした歌がありまして、艾敬(アイ・ジン)という人が歌っていた『私の1997』です。1997というのは、香港返還の年。1997年の7月1日に、香港は中国に返還され、香港に住む人はこの日が来るのを戦々恐々として待ち、対照的に本土の人たちは、夢の香港に行くことができるようになると楽しみに待った。『私の1997』はそうした希望に胸を焦がした少女の思いが歌われて、だから同じ思いを抱いた人たちに支持されたのでしょう。

iPodのシャッフルはやってくれます。今日、会場へ向かっている時に私はiPodで音楽を聴いていたのですが、ちょうど最寄り駅におりたときにかかった曲というのが、アルバム『私の1997』に収録された『独りぼっちの長い夜(長夜不停的電話)』だったのでした。この選曲の妙! iPodは神がかった選曲をするとよくいわれますが、実際にそうだという思うことはやっぱりあるんですね。

『私の1997』は、私のはじめて買った中国Popsのアルバムでした。忘れもしません、四条烏丸の十字屋で、SAJUの『missing』と一緒に買った。SAJUは想像していた以上に中国色を感じさせず、むしろ広くアジアというものを感じさせるものでしたが、『私の1997』は実に中国のポップスという色合いを出していて、ちょっと古い感じの、あるいはあかぬけない、そういう感じがするんですね。

今でこそ西側の音楽がじゃんじゃん入ったりしているのでしょうが、90年代ではそういう状況はなかったんだと思うんですね。そんな中でポップスであるとかロックであるとかにチャレンジしていた人は、少ない情報、決して最新とはいえないものでもなんでも聴いて、吸収して、よりよいものを作り出そうと本当に頑張ったんだと思います。そうした一枚が『私の1997』なのでしょう。今聴くと、もっさいと思えたりする。特にアレンジあたりにそれは顕著で、けれどそれは日本も通ってきた道で、個体発生は系統発生を繰り返すというではありませんか。中国のアーティストたちは、系統発生、進歩の道筋をたどって、そして今はもはや往時の面影はありません。すっかりおしゃれになってしまいました。

そうなってみて、やっぱり古い頃のあかぬけなさもよかったなんて思うのは誤りでしょうか。けれど、去年だったかおととしだったかの日本で起こったGSリバイバルみたいなものは、きっと中国にも起こると思います。音楽として劣っているわけではないのですから、新たなアレンジで異なる息吹が吹き込まれることもあるでしょう。よい歌は決して死に絶えることはない。そう信じる私には、いつかまたくるだろう日も楽しみと思えます。

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