2009年9月26日土曜日

Sweet Home

 数年前は妹が人気でありましたが、このところは姉にブームが移っているようでありますね。姉といってもいろいろあります。包容力にあふれた慈愛の姉があれば、強権発動する暴君のような姉もあって、そして弟ラブラブ甘々な姉があります。では、やまぶき綾のSweet Home。これはいったいどういう類の姉漫画であるのかといいますと、明らかに甘々な姉が出てくる、しかもふたりも出るという、実に大盤振る舞い、甘々に甘々の漫画であるのですね。しかし、この漫画のヒロインは姉ではありません。主人公伊織、彼のもとにやってきた許婚陽向、彼女がヒロイン。ひとつ屋根の下、許婚の女の子と、弟大好きの姉ふたり、四人で暮らす、そんな甘々な日常が描かれている漫画です。

Sweet Homeのいいところは、伊織をめぐる三人の女性、そのうちのふたりは姉であるわけですから、伊織にとっての恋愛の対象は陽向ひとりと決まっているようなものです。そのため、どれほどに彼が振り回されようと、陽向以外に傾く心配がない。それに、ふたりの姉に優しくしたとしても、だって仲のいい姉弟なんだもの。姉に弟が優しくしたってなんらおかしくないよね。そういった理屈でもって、すべて万事丸くおさまるのですね。主人公はもてもてで、けれどその好意に誠実に応えてしまうと優柔不断な男になってしまう。そういう心配がこの漫画にはないのです。誠実で、優しくて、けれど彼の心は定まっているといってよい。そのため、安心して伊織を見ることができるのかも知れません。

でも、三人いるヒロイン。メインヒロイン以外は姉だから、恋愛対象から除外。じゃあ、すぐさまにゴールイン? かといえばそうではないのです。陽向には問題がある。男の子に触れると、身につけた護身術が炸裂するのですね。そのため、伊織と接触することができない。その秘密を知るのは伊織と上の姉葉澄だけ。下の姉和奏は知らない。この、微妙に伏せられた秘密のために、絶妙なバランスができあがっていて、かくして少しでも自分と伊織の関係をよくするために、あるいは全体の幸福のために、個々の思惑が引き合い、そして時に結託する。基本的にみな嫌いあっているわけじゃないから、ひどい結末なんてのはありえないわけでして、おかげで読んでいてもいやな気分になるなんてことはない、むしろその逆、嬉しくあたたかな気持ちになれるのも嬉しいところです。

陽向は伊織が好き。けれど、その護身術が自分の思いを遂げさせない。思いと行動のギャップでありますが、こういうのはちゃんと姉たちにもありまして、下の姉和奏は奔放に、天真爛漫に伊織に甘えていく、一種妹っぽいキャラクターなんですけど、なぜか学校の友達の前ではつんと澄ましていたりして、それが可愛い。で、上の姉なんですが、この人は他の誰よりも大きなギャップを隠していて、弟大好き、可愛いもの大好き。けれど、それを普段は表に出さず、優等生の表情を崩さないんですね。さすが葉澄さんは落ち着いてるね、なんていわれてるけど、その内心はまったく違っているというのだから素敵。しかもこのギャップは、基本的に誰にも気付かれていない。葉澄さんと読者の秘密とでもいったようなものですからたまりません。ええ、葉澄に限らずこの漫画に出てくるヒロインは、誰もが思いと行動、そして人から見られたい自己像にギャップを抱えていて、そしてそこに温度差があるのですね。もっとも緩いのが陽向、もっともきついのが葉澄。けれど一概にこうといい切れないところもあるというのが、またよいところであると思います。

この漫画のよいところは、キャラクターがみなほんわかと暖かみをもってやわらかというのもありますが、それは絵においても同様で、読んで、眺めて、暖か、やわらか、とてもいい。表紙の、画用紙に水彩で仕上げたような質感のやわらかさ。この透明に広がる色合いのやさしさは、本編にもかわらずあって、触れれば気持ちもやさしくなれる。そんな風合い。気付けば、しっとりと心に沁みていた。そっと心地よさを残してくれる漫画です。

  • やまぶき綾『Sweet Home』第1巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2009年。
  • 以下続刊

0 件のコメント: