井上トモコは好きな作家、『はこいり良品』は好きな漫画です。主人公は、古書店を営むお嬢さん。木下しおり27歳。祖父から店を譲り受け、店長になってからの奮闘ぶり、とはいいますが、描かれるのは意外にマイペースな姿だから、むしろ感想は微笑ましいという感じでありまして、読んでいてすごく楽しい。気持ちが穏かになるような、そんなところがあるのです。でもね、時にシビアな古書店事情なんてものも語られたりする。ただ好きというだけで、仕事なんてできるものか。とでもいいたげなそのたくましさは、見ていてほれぼれするくらいです。ヒロインは古書店の女主。彼女には年の離れた妹がひとりあって、また周囲には、同じく店を持ち、商店街を守り立てようとする人たちがあって、その人たちのたくましさ、人懐こさがなんだかとても嬉しい漫画であります。
この漫画の楽しさ、面白さは、結構な広がりを持っているように思います。まずは、古書店をめぐるエピソードがあって、ここでは祖父や同業の青空古本店さんといった人たちが主にかかわりをもっています。しおりの妹マキをめぐるエピソードとなると、幼馴染みの魚屋の息子、ケンジとの微笑ましい関係があったり、またこのふたりを小さなころから知っている、商店街の面々の見守る目があったり、どうもふたりはやりにくいみたいだけど、これが結構わずらわしいながらも暖かい。そして、商店街のエピソードがいいのですね。店をやっている人たち、一筋縄ではいかないタフな商売人たちが、店を商店街を盛り上げようと頑張っています。しかし、あの手この手で売ろうとする、その戦略というのがやっぱりどこかしら微笑ましいものだから、憎めない。なんか、いいなって思ってしまうよさに溢れているのですね。
この漫画から感じられるよさっていうのは、ちょっと昔の雰囲気といったらいいのでしょうか、地域、町内というものの空気を感じさせるところにあるのだと思っています。私は今、ちょっと昔と書いたけれど、多分今でもあるところにはあるのだと思います。町内というものの雰囲気。けれど、私の周辺にはなくなってしまったようです。町内の子は、誰の子であっても、町内のみんなで見守って育てているといった、そういう感覚がこの漫画にはしっかりとあって、それが顕著なのはマキとケンジのエピソード、ふたりは間違いなく商店街の子ら、なんですね。そして、商店街の面々の互いに助けあっていこうとしているところ。自分の店だけでなく、喫茶店と古書店で提携してみたりする。その人と人との繋りが、この漫画における魅力の源泉であるのだと思っています。
けれど、そうした繋りが時には面倒くさいというのも事実。実際、マキもケンジも辟易しているところがあって、でもこういうネガティブなところもちゃんと描いてるってのはフェアです。いいことばっかりいわない、けれどいいことがあればそれをしっかりと描いてくれる。マキもケンジも、商店街を嫌ったりなんてしていない。地域社会のこういうところってちょっと面倒だよねって、笑って話せるくらいに受け入れて、飲み込んでしまっている。それで、いいところもいっぱいあるけどねっていいあえる、そんな感じが人懐っこくていいのですね。
ところで、ちょっと蛇足気味に書くけれど、ケンジの恋心の変遷をたどるのがすごく面白かったりします。意識なんてしてなかった女の子、けど可愛いといってる人がいたら、その評価に心揺れてしまって、というようなところ。ああ、わかるわ。こういう、ちょっとした心の動き、すごく丁寧にすくいあげられてて、すごく好感が持てるんです。
- 井上トモコ『はこいり良品』第1巻 (まんがタイムコミックス) 東京:芳文社,2009年。
- 以下続刊
2 件のコメント:
今日、ようやくゆっくり読めました。
ケンジの心が変わっていく様は、ほんとうに丁寧に書かれていますよね。
22歳で結婚、子供は4人、なんとも羨ましい将来です。占いが当たるのかどうかは分かりませんが。
ケンジの移り気は、男の移り気の典型を描いているようで、実は気に入っています。それまで、ただの友達みたいに思ってたのに、可愛いとかいう評判聞いたら、急に女の子と意識するとかね。で、誰にも渡したくなくなるんだ。実にいい展開です。
このふたりが結婚したら、『あかるい夫婦計画』みたいになるんでしょうか。なんだか、いつか見てみたいような気もしますね。
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