2009年7月1日水曜日

未満れんあい

  雑誌の買い出しに出かけた書店、そこはそこそこの品揃え、けれど時には妙にマニアックなものが普通に置かれていたりもする、そんな店で、いくたびに、漫画ないし本が本当に好きな、そんなスタッフのいる店なんだろうなと思って感心します。ここは、もう十年以上も前から、単行本の冒頭数ページを試し読みできるようにしていまして、それで何冊買ってきたことか。既刊新刊に関わらず、欲しい、読んでみたいと思わせる、そんな雰囲気ができあがっている。ということで、買ってしまいました。高嶋ひろみの『未満れんあい』。そう、『まんがタイムスペシャル』にて『ポンチョ。』を連載している、あの高嶋ひろみです。

『未満れんあい』は、以前から知っていたんだと思う。少なくとも、まったく目にしたこともないということはないはずで、けれどあえて読もうとはしてこなかった。理由はわかりません。年の離れた男女のカップルものかと思って、くそう、こんちくしょう、そう思って心を背けてしまったのかも知れない。けど、読もうと思った。試し読みしたからじゃない。試し読みの1巻、用意されてるのに気づいてなかった。平積みの2巻を見て、そして1巻を探して、おっと試し読みがあったのか。けど、もう買う気だったから、ここで試そうとは思わなかった。こうした買いかたの裏には、高嶋ひろみなら大丈夫だろうという信頼があったのは疑いなく、長く『ポンチョ。』を見ていくうちに、そうした信頼というものが醸成されていった模様です。

さて、『未満れんあい』、読んでみて驚きました。ものすごく展開がスローなんですね。2巻の終わりで、いったい何日目? 第1話、出会い、つまり1日目。第2話、まだ1日目。第3話、翌日、つまり2日目。第6話で日付けが変わるんだけど、これが具体的に何日目とかはわかんない。ここで2巻に入って、第7話、6話の続き、つまり同日。ここで週末に会う約束をして、第9話から週末、日曜日、で、2巻はこの日曜日から出ることなく終わります。

こうした構成のためか、一日一日の描写はすごく丁寧と感じられて、純朴そのものといった感じの女の子、ともえちゃんのぴかぴかときらめくような魅力も、それから主人公、エロゲメーカーでプログラマしている黒瀬のまた朴訥としたいい人感もひしひしと伝わってきて、いや、もう、ふとした偶然で出会った女の子とのつながりを失うものかと必死になる姿は滑稽ながら切実で、けれど年端もいかない女の子をたぶらかそうみたいな悪意はまったくなくって、騙しちゃえばいいのにって、そんなことは微塵も考えつかない様子。それどころか、なんとかして自分の職業、ごまかせないかなあって、どうしたらいいんだろうーって、右往左往している。その姿は、はっきりいって痛ましいものがあります。

正直、読んでいてちょっと辛い。中学生の女の子から嫌われたくないっていって、じたばたしてる中年手前のおっさんの姿はきびしい。けれど、それをきびしい、辛い、痛ましいと思うのは、そこになにか自身を投影してしまっているからなんではなかろうか。黒瀬の気持ち、思いを、ひとごとのようにではなく、切実に感じとってしまっている? そうなのかも知れません。だからこそ、このおっさんがなんとかうまくあの子とのつながりを確保して、そしてそれが恋愛のどうのこうのということにならなくとも、微笑ましく、あたたかな気持ちで見守っていられるような、そんな関係を維持してくれたとしたら、なんか嬉しいなあ、そんなことも思ってしまうのかも知れません。

じたばたしてるおっさん、黒瀬が痛ましい。反面、なんだかかわいいなあ、と思ってしまうのは、高嶋ひろみのマジックかと思います。具体的に、この漫画で描写されてるようなおっさんが身近にいたらどう思うか。難しいものがありますよね。同じ職場で、仕事に対する姿勢やらを見ているというのならともかく、その外観やらだけで評価するとなったら、間違いなく可愛いとか思う余地はない。けれど、この漫画の黒瀬はすごく可愛い。いい年したいい大人なのに、中学生よりも純かも知れない、そんな心を持っていて、めちゃくちゃアンバランス。それは、多分、学生時分の経験が、現実に背を向けさせたからなんだろうな。彼岸に安らぎを見出してきた彼は、此岸においては充分に生ききってこなかった。それゆえに、汚れず、朴訥なままできた。そうなのかもなあと思いながら、だったら清純な彼女とともに、素朴さ失うことなく、歩き続けていって欲しいよね。なんて思う。うん、これは純朴な黒瀬を好きになれるか、彼の必死さを見て、なにか暖かい気持ちで見守りたい、そういう感情を持てるかで全然違った読後感になりそうな気がします。そして、私は、黒瀬がほっとけない。わりきれず、びくびくおどおどしたりする、会社のこといおうかどうしようか、踏みきれず、うろうろしたりする。そうしたところも含めて、なんかいいやつだなあ、そう思って、目を細めてしまう。ほんと、高嶋ひろみマジックだと思います。この人の漫画の持つ、読むものをほのぼのとさせる力、それが存分に発揮されている漫画であるなと思いました。

  • 高嶋ひろみ『未満れんあい』第1巻 (アクションコミックス) 東京:双葉社,2008年。
  • 高嶋ひろみ『未満れんあい』第2巻 (アクションコミックス) 東京:双葉社,2009年。
  • 以下続刊

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