『Recht』、完結。一時期は、私の『まんがタイムきららフォワード』にとどまろうとする気持ちを支えてくれた漫画の筆頭でした。中央管理局がすべての情報を集約する世界を舞台とする、新任熱血刑事ものといったらいいでしょうか。主人公は、警察機構レヒトに所属することとなったカイ。彼には相棒があって、それは中央管理局から与えられたセキュリティシステム、CSのアリス。官僚的な色合いが強いレヒトにおいて、はみ出し気味に事件を追うカイと、本来ならマスターの指示を絶対のものとするはずのCSでありながら、時にマスターに反抗してみせたりする、変わり種のアリス。規律規範にがんじがらめにされそうな社会を、自由な気風を持って右往左往しながら渡っていく、そんなふたりのバディものとして読むのがよい漫画であったと思います。
当初は各話で完結するというスタイルをとっていた漫画ですが、後半は続き続きで大きな物語を追いかけていく、そうした傾向を強めて、あらためてこの漫画が、ディストピアを描くものであるということを意識させたように感じます。管理局により、自らの進む道さえも決められてしまう、そのような超管理社会は、一面の平和、一面の平穏を約束し、ユートピアとしての体裁を維持してはいるのだけれども、この一見理想的とも思える社会のシステムに抵抗する人たちがある。それは、カイの疑問、わだかまりに対するひとつの回答となりうる、そんな存在として描かれているのですね。彼らを追う、その過程でこの社会の真実、欺瞞が少しずつ明らかにされて、そしてカイはアリスを残し、ひとり姿を消す — 。
ひとつ残念と思うのは、おそらくは作者の構想していたであろうことを十全に描ききるまでに連載が終わってしまった、そんな感じが残るところでしょうか。多分、レヒトとその対立組織を対峙させつつ、管理局の中枢にカイを乗り込ませて — 、みたいな展開があったんじゃないかなあ、などと無責任なことをいいますが、けれどこうした闘争をメインに考えてしまうあたり、私はやっぱり男の脳を持っているのだなと意識させられてしまいます。
対して『Recht』本編は、揺れ動くカイとアリスの思いがメインに据えられて、信じていたものに裏切られ、心の支えとなるものを見失ってしまったカイ。カイを心配しながらも、カイの自分に対する気持ちを掴みあぐねて、立ちすくんでしまったアリス。交錯しすれ違う思いは、奥底に相手を思う気持ちを隠しながらも、自分を支える強さをなくしてしまったためでしょう、色を失ってしまったかのようにくすんで、本来の素直さが発揮されず、対象に真っ直ぐに向かおうとする、そんなしなやかささえ忘れられて、それは実にやるせないと思わせるシーンの連続でありました。いつも、ほがらかに振る舞ってきたアリスが、背を丸めうずくまる場面などは、息をすることも忘れる、そんな思いにさせられるほどに切なくて、そして美しかった。悩み、迷い、葛藤、後悔。心が離れてしまったかのように感じられる、そんな思いがなおも足どりを重くさせる。顔をあげることもできなくなってしまって、しかしそんなアリスを、ひいてはカイを支える人がある。誰もが誰かの支えとなれる、また誰もに支えとなってくれる誰かはいるのだと、そうした、ときに忘れられがちなことが、丁寧な筆致で綴られた。人の心の、弱く、けれど強くもあるという、そうしたことが描かれた漫画であったと思うのです。
私の思いが向かう先にあなたがあって、あなたの思いが向けられるところには私が。そうした、人とCS、互いに異質であるはずの存在を繋ぐ信頼 — 、絆がテーマであったのだと思います。それは恋愛に似て恋愛ではない。互いを大切に思い、助けあい、ときには導き導かれる、そうしたパートナー、相棒としての結び付きを確かめていく、そんな物語でありました。そして、そうしたストーリーの影に、選ばれることはないとわかっていながら、思いの向けられることを望む、そうしたささやかな感情が揺れていて、それもまた切なく、美しいのでした。
そして、絵も美しい。私はこの人の描く絵が好きです。わりかし骨太で、けれどどこか儚いとも思わせる、そんなところが好きで、それはキャラクターの造形もそうなのかも知れません。みなたくましい、特に女性がたくましい。けれど、その強ささえ感じさせる笑顔の向こうには、揺れる感情もあるのだという、そうした多面的なところが好きなんだろうなって思います。
最後に、私の好きだったのは、アリスだったり涼香だったり、兄貴だったり課長だったり。
- 寺本薫『Recht — レヒト』第1巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2008年。
- 寺本薫『Recht — レヒト』第2巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2008年。
- 寺本薫『Recht — レヒト』第3巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2009年。
0 件のコメント:
コメントを投稿