2005年3月31日木曜日

ぽっかぽか

  『ぽっかぽか』については『女神の寝室』で書いたときに、もう充分言い尽くしたような気がするので、書くのはよそうかと思っていたのです。けれど、なんかSHINOすけさんが『ぽっかぽか14』で書いてらしたもんだから、どうにもこうにも私も書きたくなってしまって、ええ、意志の貫徹しない人間が私ですから。いいんです。

『ぽっかぽか』、私にとっては夢のような漫画であります。描かれている家族の、ゆったりとやわらかで、けれどもしっかりとした関係には憧れて仕方がないところがありまして、ああ私もこんな家庭を築きたいなあと思ったことは一度や二度ではありません。私は妻がぐうたらであってもなんとも気になりませんし、料理だってしますよ。とはいっても、私は慶彦じゃないからこういう家庭にはならないでしょう。ええ、絵に描いた餅は言い過ぎにしても、漫画の中にだけ存在するような理想の家庭であると思っています。

私はあまりにも人間ができていないのです。日常の些事に心も感情も揺れて、機嫌もあれば虫の居所の良し悪しもあって、果たして慶彦のようにあることができるだろうかと自問します。答えはおのずと決まっていまして、無理だというしかない。だからこそ、田所一家をうらやましく思う。慶彦に、麻美に憧れを感じますが、そしてあすか。あすかくんは、ぐずったり無理いったりすることはあっても、やっぱり理想的子供であると思うのです。

残念ながら私たちは、理想郷には住むことができません。

『ぽっかぽか』の価値は、この理想を恥じることなく理想として描ききって、その理想形のまま物語を閉じるところにあるのだと思います。様々に事件があって、壊れそうな関係やなんかがあって、けれどそれらは田所一家のゆるやかな暮らしに触れることで新たな視点を見付けて、もう一度やり直してみようと、あるいは今までとは違う一歩を踏み出してみようと思う。

こうした理想の結末にたどり着くまでの道筋が、あまりに純情であまりに素直で、そしてあまりにハッピーであるから、読んでいるものもきっとほだされて、私も — 私たちもこうありたいと思うのでしょう。私はそうです。慶彦そのものとはいわずとも、なんとか少しでも人と人との関係をよりよく、暖かなものに変えたいと願うような気持ちになるのです。

…例えば空にすごーくきれいな雲があって、それがすごーくすごーくきれいだと思ったとき、振り返ってあなたを呼んで、ふたりでながめる幸せ

麻美の話すいちばんの幸せ。ええ、ええ、私はこれを読んだとき、本当にそうだと思った。そのとおりだと思った。

私は根っから横着だから、身近にあるものをだんだんあって当たり前であるように勘違いして、粗末にしてしまうんです。けれど、本当はそれがそこにあるということはなにものにもかえがたいことであり、それはもちろん人にしても同じことであるのです。改めていうようなことではありません。誰もが知っているようなことです。ですが、この当然のことをともすればないがしろにして、あとで後悔するのは結局一番大切なことをないがしろにした自分自身なんですね。

だから、私は自分への戒めとして、麻美の幸せといったことを、忘れないようにしたのです。けれど、やっぱり私は人間が駄目にできているから、その自分の決めたことさえ満足にできずにいます。その人がただそこにいるということの価値を、自分の感動をその人がともに感じてくれるということへの仕合せを、ともすれば忘れてしまいます。

  • 深見じゅん『ぽっかぽか』第1巻 (YOUコミックス) 東京:集英社,1988年。
  • 深見じゅん『ぽっかぽか』第2巻 (YOUコミックス) 東京:集英社,1989年。
  • 深見じゅん『ぽっかぽか』第3巻 (YOUコミックス) 東京:集英社,1991年。
  • 深見じゅん『ぽっかぽか』第4巻 (YOUコミックス) 東京:集英社,1992年。
  • 深見じゅん『ぽっかぽか』第5巻 (YOUコミックス) 東京:集英社,1993年。
  • 深見じゅん『ぽっかぽか』第6巻 (YOUコミックス) 東京:集英社,1994年。
  • 深見じゅん『ぽっかぽか』第7巻 (YOUコミックス) 東京:集英社,1995年。
  • 深見じゅん『ぽっかぽか』第8巻 (YOUコミックス) 東京:集英社,1997年。
  • 深見じゅん『ぽっかぽか』第9巻 (YOUコミックス) 東京:集英社,1998年。
  • 深見じゅん『ぽっかぽか』第10巻 (YOUコミックス) 東京:集英社,1999年。
  • 深見じゅん『ぽっかぽか』第11巻 (YOUコミックス) 東京:集英社,2000年。
  • 深見じゅん『ぽっかぽか』第12巻 (YOUコミックス) 東京:集英社,2002年。
  • 深見じゅん『ぽっかぽか』第13巻 (YOUコミックス) 東京:集英社,2003年。
  • 深見じゅん『ぽっかぽか』第14巻 (YOUコミックス) 東京:集英社,2005年。
  • 以下続刊
  • 深見じゅん『ぽっかぽか』第1巻 (YOU漫画文庫) 東京:集英社,1995年。
  • 深見じゅん『ぽっかぽか』第2巻 (YOU漫画文庫) 東京:集英社,1995年。
  • 深見じゅん『ぽっかぽか』第3巻 (YOU漫画文庫) 東京:集英社,1995年。
  • 深見じゅん『ぽっかぽか』第4巻 (YOU漫画文庫) 東京:集英社,1995年。
  • 深見じゅん『ぽっかぽか』第5巻 (YOU漫画文庫) 東京:集英社,1996年。
  • 深見じゅん『ぽっかぽか』第6巻 (YOU漫画文庫) 東京:集英社,1998年。
  • 深見じゅん『ぽっかぽか』第7巻 (YOU漫画文庫) 東京:集英社,2000年。
  • 深見じゅん『ぽっかぽか』第8巻 (YOU漫画文庫) 東京:集英社,2002年。

引用

  • 深見じゅん「お月さまにある庭」,『ぽっかぽか』第7巻 (東京:集英社,1995年)所収【,41-42頁】。

2005年3月30日水曜日

建築の「かたち」が決まる理由

 昔、まだ私が図書館で働いていた頃、私は住居や都市設計というのに興味があって、特に西洋の城を中心とした城塞都市や教会と広場を軸とする都市計画というのを理解したいと思っていました。いや、別に西洋風都市に住みたいとか、やっぱりうちは洋風よねとかいうつもりはまったくなくて、純粋な興味からでした。人間の生活の場である住宅には、その土地土地の風土や条件に応じた工夫や制限があり、またその文化における暮らしの考え方が如実に表れるはず。そう、私はこの西洋と日本の差異を知りたいと思っていたのです。いや西洋にかぎらず、多様な環境における住と人について知りたかったのでした。

そんな風に思っていたときに、この本が図書館に入ってきたんですね。私は一般書の係でしたから、目録作ったり整理したりは私の仕事。私の前にやってきたこの本を見て、思わず自分でも買ってしまいました。西洋と日本の建築に対する考え方の違いが、もともとの文化風土の違いに基づいてわかりやすく、面白く書かれているんですね。建築論としても読めるでしょうが、住宅エッセイとして読むのがきっと面白い。話題は壁や柱、床、階段といった住居の部分から始まり、しまいには思想や哲学にまでたどり着いて、一通り読めば、都市を見る目が変わっているはずです。

私は2001年にイタリアに行きました。はじめての外国の地はミラノで、その街並みを見たとき、日本の都市は駄目だと思いました。私は京都(周辺)に住んで、京都を愛するものですが、ミラノは本当に衝撃的でした。

私はミラノの印象を、次のように記しています。

 ミラノはひどく落ち着いた、成熟した街という印象を持ちました。新しくできたミラノ北駅は赤や緑のあふれるポップでかわいい駅なんですが、それでもうわついた感じはまったく無く、あくまでも古い都市空間に溶け込んでいるのです。このあたりは、古いものも新しいものも、すべて自分の文化の延長上に存在するものとして、同じ文脈に配置できるセンスのたまものでしょう。

私はこの文章で、日本の都市は、古い都市空間に新しいものが乱雑に好き勝手に配置される、浮ついた未成熟の空間であるといっているのです。私は子供の頃から京都を見てきて、京都の変化に嫌悪を感じていました。嵐山の荒みぶりにはもう言葉もない。嵯峨野にはうちの墓がありますからたびたび詣でるのですが、渡月橋を渡った向こうに広がる景色などは、見るたびに悲しくなります。

私はこの本を意識せず読んで、この本のいわんとするところに心服していたのでしょう。私の今の京都に感じる嫌悪は、この本の末にある数章に表れる考え方がベースになっているのだろうと思います。あるいは私が東京に感じた落胆、画一の都市空間という評価も、この本に根拠となる考えを見いだせるかと思います。

けど、勘違いしないでくださいましよ。私は新しいものが悪いといっているわけではないんです。日本は古来、他から先進文化(と当時の人が考えた文物)を取り込んでは、自分たち流のアレンジをして、文字通り咀嚼消化してきたのです。ですが、私の批判するものには、そういうダイナミズムが見られません。私はその硬直を、その不自由を、その浅薄を嫌悪し、嘆いているだけなのです。

引用

2005年3月29日火曜日

高機動幻想ガンパレード・マーチ

 私は、発売日から半年遅れで『ガンパレード・マーチ』に参加したレイトカマーであったのですが、それでもはまりましたね。あの、説明書に触れられている世界の謎アルファシステムの公式サイトには世界の謎掲示板というのがありまして、アルファシステム製ゲームが共有する世界を解明しようという、一種のゲームが行われています。私が参加してた当時はカンパレード・マーチ公式サイトの中にあって、ゲーム『ガンパレード・マーチ』で提示される断片情報を元に、ゲームで語られたものとはまた違う結末を求めて、七千人委員会がしのぎを削りあったのですね。この、掲示板上で行われた思考ゲームをGPM23と呼びます。

参加していた当時は熱い場所であったのですが、あの熱狂は結局私には悪く作用してしまいまして、一時期はアルファシステムも『ガンパレード・マーチ』も大嫌いになってしまいました。その後遺症は今も消えず、『ガンパレード・マーチ』を振り返ろうとすれば、多少の感慨と多少の嫌悪感が交じり合ったおかしな気分がします。

けど、こんな愛憎半ばするような『ガンパレード・マーチ』ではありますが、理想的ゲームであったといいきってかまわないくらいに、私は買っています。もちろん理想のゲームではなく理想的であって、完璧な理想に一致するわけではないのですが、ですがそんな、理想に完全に重なるようなものというのはこの世にあるでしょうか。だから、私は『ガンパレード・マーチ』が色々欠点や癇にさわる部分を持っていることを認めながらも、なおかつよいゲーム、万人(妄想にふけることにいとわない人には特に!)に勧めたいゲームであるというのです。

自由度が高いのですよね。私は主に戦場に楽しみを見いだすパイロット(もしくはスカウト)至上主義のプレイヤーでしたが、あの先読みしてコマンドを入力するシミュレーションに馴染めないという人も、整備にまわってみるとか、あるいは小隊隊長になって転戦を重ね小隊を指揮する、みたいにいろいろな楽しみがあるんですね。自分に合ったプレイ指針を決める余地があるというのは、すべての欠点をカバーしてなおあまりあるこのゲームのよさであると思います。

ところで、私は芝村スキーで萌スキーで森スキーで、ちょっと壬生屋スキーでもあって、おまけに狩谷スキーでもある。こんな風に、キャラ萌え派にも楽しめるところがあるのも懐の深さでしょう。特定のキャラクターと恋人関係になることも可能で、二股かけて争奪戦を発生させるのもまた人生。いや、けど、勝手にそっちから好きになってきて、それで争奪戦連戦連戦というのはやめてくれ。教室の雰囲気が悪くてかなわん。仕方がないから次の戦闘でがんばって、無理矢理ガンパレード状態に持ち込んで対症療法的改善をやってみる。云々。

なんだよ、けっこういろいろやってんじゃんっていう声もあるかも知れませんね。ええ、そりゃそうですよ。世界の謎掲示板に、誘われてもないのに自ら身を投じたような人間ですから、もともとこのゲームは大好きなのです。面白かった。楽しかった。少年学徒兵たちの明日をも知れない身の上に同情しつつも、そのクラスでの交流をうらやましく思った。泣いたり笑ったりして、けれどちょっとあの会議室の情報量は多すぎて、私はしんどくなっちゃったんでしょうね。これは私にとって、ちょっと不幸なことであったと思います。正直、世界の謎があるだなんて知らなければよかったのにと思っています(まあ、説明書に書いてあるから知らずにすますというのはちょっと無理なんだけどさ)。

しかし、それにしても楽しかったなあ。ゲームももちろんだけど、GPM23も面白かったんだよ。一日中ネットにかじりついて、まああの頃は今よりももっと暇だったこともあって、ほんと、毎日が『ガンパレード・マーチ』一色でした。ええ、やっぱりあれが楽しかったのです。

ああ、そうだ。去年の年賀状だったかな、『ガンパレード・マーチ』を勧めていた友人からきた年賀状に「森さんが死んじゃって大変」みたいなことが書かれてて、えーっ、いつの間に森喜朗死んでたの!? しかもなんで暗殺!? と泡食ったことあります。いや、森氏、今もお元気ですから。色々気炎吐いてらっしゃいますから。

蛇足:

発売当初の『ガンパレード・マーチ』を取り巻く状況を知っている身としては、その後の漫画化、ノベライズ、アニメ化、次々と出るCDという爛熟状況は、まるで夢のように感じます。だって、最初はもう本当に一部で熱狂的な人気があるというだけの、一般にはほとんど知られてないようなマイナーゲームだったんですから。

ネット口コミと電撃PS誌の特集が人気の底上げに一躍買ったのですが、しかし、ファンブックが通販でしか出ないような、ゲームのサントラ及びドラマCDも大々的には出なかったような(つまり採算が取れるとは思われなかった)タイトルが、ひとつのジャンルを形成するほどのコアな人気を勝ち取ったんですから、ある種特別なゲームであるのは実際確かであるかと思います。

鬼作ですね、鬼作。

2005年3月28日月曜日

三者三葉

  『三者三葉』の二巻が発売ですよ。

『三者三葉』は、かの一部で大注目赤丸急上昇中(といっても随分落ち着いたもんだけど)の萌え四コマ誌『まんがタイムきらら』にて連載中のタイトルで、例によって私、この漫画大好きです。いや、例によってじゃないですね。多分、私はこの漫画が、きらら連載陣の中で一番好きです。

なぜか? 実に単純な話でして、私はこの漫画を読むためにきららを買いはじめたのです。『三者三葉』がなければ、私はおそらく今もきららを講読することはなく、一部の単行本 — 例えばナントカのとか海藍とか — を単発で買うに留まったでしょう。そんな、保守的四コマ読みであった私が革新系きららに手を出して、どんどん深みにはまって……、うう、お恨み申し上げますよ……。

恨んでるなんてのはもちろん冗談ですよ。むしろ、世界が広がったと感謝するくらいであります。もし、あの時『三者三葉』の再録を後野まつりセレクションで読んでいなかったら、今私の好きな漫画群には出会えていませんでした。読んでいる四コマにしても、今の半分にも満たないはず。ということは、買う雑誌数が少ないってことだから、自室の混乱はもう少しましだったわけか……。やっぱりお恨み申し上げます……。

私がこの漫画の魅力に落ちたのは、三人がお互いにあだ名を付けあおうという話 — 実にそれは第三話であったのですが、思えばこのときの名付け話が、後々の三人の傾向を決定づけるような位置にあるのですね。三人の娘と、葉子様を慕うスーパー(元)使用人山路さんの性格やなんかがこの三回でしっかり提示されて、あとはもう転がるばかり。その転がりようが私には楽しくて、結局きらら誌を買うまでにいたったのであります。

この漫画を説明するのに一番いい表現というのは、標準的ということであると思っています。見た目には可愛いキャラクターのどたばたでありますが、基本的な部分、キャラクターの設定やプロット、話の回し方なんかには、これといって強烈な破格はありません。むしろうまく類型を利用して、話を破綻なく、そつなくまとめるのに長けた人であると感じました。

キャラにはキャラの類型があります。見せ方には見せ方の類型があって、ネタ自体も冒険するほうではないのですが、その類型の組み合わせがうまいのでしょう。奇をてらって自爆するようなことが決してないから、毎月を楽しみに待って、毎月を楽しく読める安定性が嬉しい。その安定も低位中位の安定ではなく、常に高目と来ているのですから、よほどの努力が裏にあるのだと思います。ええ、私は、スタンダードをスタンダードに見せるってのは、一番難しいことだと思っていますから。

基本的に安打型の漫画だと思っているのですが、二巻に入ればキャラクターもこなれ、また登場人物も増えて、ヒットが二塁打に、二塁打が三塁打にと、どんどん面白さが伸びています。夏の別荘編(なんと二回連続だ!)にいたっては、堂々のホームランであったと、見事なランニングホームランであったと。私は今でも、この話を読んだときのシチュエーションを、まざまざ思い出すことができるくらいで、それくらい印象が強く、現実における感覚も含めて記憶に焼き付けてしまって、こんな当りというのはそうそうあるものではありません。実に大当たりでありました。

作者は『三者三葉』以外にも連載をもってらして、そのどれもがほのぼの路線(裏には毒があるんだけどさ)の可愛くて楽しい漫画なんですね。それでもって、複数のタイトルが同一の世界を共有しているのです。私は基本的に、こういうのが表立つのは好きではないのですが、なぜか荒井さんの漫画に関しては、いやな気がしません。むしろ、すごく面白く感じるので、これは非常に私の嗜好に合った漫画であったのだなと思っています。

ここらで一応、蛇足として好きなキャラクターなぞを。

そりゃもう、誰がなんといおうと私はスーパー使用人山路さん(山G)が好きなのですが、彼が活躍する回はもう間違いなく面白いと思っているのですが、彼に関してはちょっとおいておいて、となると、主人公小田切双葉が可愛いと思います。これは実に面白いことで、私はメインの主人公には魅かれず、たいてい好きになるのは目立たないマイナーキャラと決まっているのに、この漫画に関しては主人公ですよ。ええ、実に珍しいことですよ。

えーと、双葉というのは一巻表紙では一番右、二巻では左にいる、髪の短い女の子です。ええ、一番可愛いと思います。

  • 荒井チェリー『三者三葉』第1巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2004年。
  • 荒井チェリー『三者三葉』第2巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2005年。
  • 以下続刊

2005年3月27日日曜日

ギター演奏法の原理

ああ、しくじりました。いつでも買えると思って購入を伸ばし伸ばしにしていたら、絶版したのか、それとも単に増刷をためらっているだけなのか、買えなくなってしまったようです。残念です。買い逃した本は貴重であります。

この本はですね、ギター奏者のカルレバーロが自分の考える奏法、メソッドを解説した本でして、その合理性を追求した考え方は非常にクリア。読んでいて納得いくものばかりでした。私がギターを弾きはじめたのは2002年の十月で、なにしろ私は教師についていませんでしたから、こうした教本を頼りに知識や基本を覚えるほかなかったんです。ところが、なかなかしっかりした本がないというのも事実で、やっぱり音楽の学習は教師について、徒弟のように習わざるを得ないかと落胆しかけたときに、図書館の書庫で『ギター演奏法の原理』を見付けたのでした。

この本のわかりやすいというところは、理屈でもって奏法を説明しようとしているところでしょう。例えば弦を弾くにしても、指と弦の角度はどのようにあるべきか。またアポヤンド、アルアイレと大きく二分される右手の使い方も、弾弦時の指関節のあり方を詳細に分析し、実際には何段階もの区分があることをはっきりさせています。

こうしたことって、おそらく体得すべきものとして、長らく言語化されてこなかった部分であると思います。だから学習者は、教師や先達の演奏を間近に見ながら、非言語的に奏法を習得していくほかなかったのです。ですが、カルレバーロの奏法は明確に言語化されて、まったくギターについて知らなかったような私にも、たやすくいわんとするところがわかる。私のような独習者にとっては、もう宝の山のような本であったのです。

じゃあ、買っとけよってな話ですよね。ええ、今さらながら本当にそう思います。ですがクラシックをやってるわけでもない私で、それに図書館にいけばいつでも利用できるという夢のような環境が当時あって、ついつい伸ばし伸ばしにしてたら市場から消えた。今買おうとしたら、店頭在庫を探すか古書を求めるかのどちらかですよね。ええ、本当に惜しいことをしたと思います。

カルレバーロの本だけを頼りに、これを絶対視してしまうと、やっぱり危険なことは確かで、頭でっかちの技術が知識に追いつかないギタリストの出来上がりとなりかねません。ですが、演奏時の姿勢、楽器と体の関係(構え方じゃね)といった、本当の基礎的なところから図解入りで詳細解説して、基本に迷いのある初学者にしても、これらを当たり前のこととしてしまっているような上級者にしても、有用な本であることは疑いもありません。

ええ、私は迷いっぱなしの学習途上者でありますから、こうした本はそばにあったほうがよかった。というわけで、やっぱり買い逃した本は貴重であったというわけです。

2005年3月26日土曜日

夏彦の影法師

 私は山本夏彦が好きです。氏の読者としては、遅れてきた部類に入るようなものではありますが、それでも夏彦翁の飄々とした語り口、諧謔にあふれた言葉の端々にうかがえる鋭く冷めた視線、寄せては返す波の音、繰り言みたいに同じ話が何度も表れて、けれどそれがちっともいやにならないのは、それがひとつの芸みたいになっていたからだと思います。

私は氏の著作を読んだというほどには読んでいません。とにかく膨大な数の著作があって、それを全部読むというのはなかなか骨の折れることで、色々読みたいというのが私ですから、どうしても夏彦一色にはなれなかった。けど、本当は氏の書いたものを全部読みたいと思っています。それだけの余裕が今私にないのが、本当に悲しいです。

氏が亡くなられたのは2002年の十月のことで、私にはひどくショックでした。そして翌2003年に、夏彦翁の手帳をベースに書き下ろされたこの本が出て、私は一も二もなく買って、著者は夏彦翁のご子息、山本伊吾氏でした。

私、この本を読んで、夏彦翁を見誤っていたことを知ったんですね。私は、翁はその持ち前の機知と工夫でもって、世の中を飄々と渡ってきたものと思い込んでいたんです。ところが、本当はそうではなかった。氏も苦しみや空しさを抱えて、ただそれを安っぽく人に言って聞かせなかっただけで、けれど、私は氏の本を読んでそうした奥に広がっていた世界に気付かなかったことが恥ずかしくてなりません。ええ、なにが読書か、言葉になっていない世界に思いを馳せて、そうしてはじめて本を読んでいるということになるのではないか。

ちっとも氏の本質に思いをいたらせていなかった私は、自分を恥じつつ悲しく思い、けれどこの本のおかげで、それまでよりも夏彦翁を近しく感じられるようになったと思います。

けど、多分まだ私は、氏の理解においてはまだまだ浅いことだろうと思います。けど、だから、もっと私は夏彦翁を知りたい。もっと氏の本を読みたい —。憧れ已まぬ人なのです。

2005年3月25日金曜日

父 パードレ・パドローネ

 一時期、うちではイタリア映画がブームになったことがあって、『道』のジェルソミーナの儚げな様子に涙したりして、だから『父 パードレ・パドローネ』も、そうしたイタリア映画体験の一環で見たのかも知れません。確か、NHK教育がマイナーな映画を午後三時くらいに放映してくれたりしますが、そういうので見たんですね。予備知識もなく見て、私はこのちょっと一癖ある映画にびびびっと打たれたのでした。ガヴィーノ・レッダの半生において、言葉が運命を照らし出す光そのものであったということ。

ビデオに録っていなかったことを悔やみました。その後深夜放送だかBSだかでやったのをビデオに録って、DVDが出たら買って、原作も手を尽くして手に入れて、『父 パードレ・パドローネ』は、それくらい私にとって大きな意味のある作品なのです。

映画のつくりが秀逸だったと思うのです。羊飼いの子ガヴィーノが、学校に通うこともできず、ものを知らず、世界を知らず、山に羊の世話をするためだけにいきているような暮らしを送っていたのが、新しいなにかと出会うたびに彼の世界が開けてゆく。このとき高らかに鳴り響くのは、ヨハン・シュトラウス二世のオペレッタ。『こうもり』のワルツが鳴り響くそのとき、ガヴィーノの世界は一転します。

その効果足るやすさまじく、全編暗く地味に見えるこの映画に、まぶしい光が降り注ぐかのように感じられて、この強烈な印象というのは、まさにガヴィーノが感じた、世界が開ける瞬間そのものであったのかも知れないと思えるのです。

ガヴィーノにとっての転機はさまざまあれど、疑うべくもなく最大の転機となったのは言葉との出会いでしょう。ガヴィーノはサルディーニャに生まれ育ったために、イタリア語を知らなかったのです。しかし、彼はイタリア語と出会い、それをものにするために格闘し、トイレの中でひとり辞書を頭から読んで、まさしく言葉を飲み込んでいくかのように記憶してゆく彼の貪欲な知識欲には、私はいつも打たれて、ああ知るということ、学ぶということは素晴らしいと思わずにはおられません。

とまあ、私はガヴィーノ・レッダに憧れて、ポケットサイズの仏語辞典を買って、一時期それをわからぬままに読んでいたのでした。オーストラリア人研究者、トルコからの留学生に、映画の主人公に倣ってフランス語の辞書を読んでいますといったら、それは最も難しい勉強法だといわれて、確かに私はこのメソッドをやり遂げることはできませんでした。

ガヴィーノと私の差は、ここであるなと思います。貪欲さ、必ずものにしてやるぞという気魄、意気込み、それがないかぎり、人は大成なんてしないんだと思ったものですよ。

映画

2005年3月24日木曜日

ちょっときいてな

  以前、友人のお家に遊びにいった時、車に乗せてもらったんですが、カーオーディオから流れてたのが『ちょっときいてな』という曲で、私にはすごくカルチャーショックだったんです。なにがショックといっても、その歌詞。関西弁です。関西弁といっても、よくあるえげつない関西弁ではなくて、子供の頃から耳に馴染んできた、私の愛する関西テイスト。私はこの言葉に京都周辺地域の匂いを感じたのですが、歌い手である藤田陽子は奈良の人らしく、だから奈良弁。うん、確かに京都弁では言いはんねんとはいわない。うちらへんでは言わはんねんというのが普通です。

この歌聴いてね、私は嬉しかったんです。ほら、メディアにのぼる関西弁ってどうしようもなくどぎつくって、それが関西弁って思われている節もあって、それが私どうしようもなくいやだったんです。そんなただ中にあらわれた『ちょっときいてな』。その、あまりにナチュラルな関西弁の響き、イントネーションに、私は子供時分を思いだして、ちょっとしんみりした。このところ耳にしない言葉の響きに、切なさが込み上げて、それは多分失ってしまったなにかを惜しむ気持ちなんでしょうね。

この歌を聴いて、車の中で誰の歌か、タイトルはなんというのか、とにかく色々聞きだして、次の日タワーレコードにいって探して、早速買って、家族にも聴かせて、素晴らしさにむせび泣いて、何度も何度も聴いて、職場でこの歌は素晴らしいよっていったら、知ってるっていわれちゃった。ああ、以前、FM802でヘビーローテーションされてたんですか。有名な曲だったんですね。うん、でも遅まきながら知ったとて、この曲の真価が変わるわけでなく、むしろ万人が認めた名曲だったということに嬉しさのほうが勝っているってもんですよ。

コクトーの詩に、私の耳は貝の殻というのがありますが、ならば私はこの歌に、昔のひびきをなつかしんでいるのでしょう。育った場所、育った地方の言葉というのは、一口にいえない感慨をもって胸に迫ります。

2005年3月23日水曜日

バッハ: 管弦楽組曲

 昨日、『G線上のアリア』は嫌いだけど、バッハの『管弦楽組曲 第3番 BWV1068』の「エア」は好きといってのは、いったいどういうことかといいますと、この二曲はおんなじ曲なんですね。バッハの作曲した組曲中から一曲を抜き出して編曲されたのが『G線上のアリア』なのです。編曲者はオウガスト・ウィルヘルミで、ヴァイオリンのGの弦だけで弾けるように編曲されたことが、G線上のという不思議な名前の所以です。

私、昨日は『G線上のアリア』は嫌いだとかいってましたが、実際のところは別にそんな偏狭なこともなく、普通に親しんでます。昔サクソフォンを吹いていたとき、ちょっとしたイベントでこの曲を演奏したこともありました。話を面白くするために嫌いだなんていいましたが、まあもともとバッハでありますから、よっぽど変なことになっていないかぎり好きですよ。ジャズに編曲されてても、ロックになっても、バッハに変わりなし。じゃあヴァイオリン独奏曲になって名前が変わったくらいがなんであるというのでしょう。ええ、聴きやすく美しい、非常に愛らしい佳曲であると思っています。

私がクラシックを聴きはじめた頃というのは、ちょうど古楽の復興運動 — その音楽が作曲された当時の楽器(ピリオド楽器といいます)、編成、スタイルを復元しようという試み — がひとしきり落ち着いて、一般的な聴衆の耳にもそうしたピリオド楽器での演奏が届くようになった時期にあたります。

私はバッハやヘンデルが好きだったので、バロック作品のCDを買うことが多かったのですが、先にいったような時期であったことから、自然とピリオド楽器による演奏が集まりましてね、だから実はモダン楽器の版はほとんど知らなかったりします。いやあ、これもまたひとつの偏りであると思いますよ。でも、私はその当時、モダンなどは駄目だ、作曲者の意図したオリジナルの響きをよみがえらせてこそ音楽の真実が見えるのだ、みたいなことを思っていまして、いやはや、若いというということはどうしようもないということであると思います。

いや、だってね、確かに当時の慣習に基づいての演奏は面白く、大変意義深いものでもあるんですが、それでも結局は現代的視点から見たフィクションとしての過去にしかなりえないんですよ。特にバロックなんて、隣町に行ったら教会のオルガンのピッチが半音だとか一音だとか、場合によればそれ以上も違うというのが普通の時代だったんです。ところがそれを現在では、A=415でいきましょうという取り決めでやらざるを得ないわけでして、ピッチにしてこうなら、演奏慣習にしても地域地域、奏者奏者で全然違ってくるわけで、ってちょっと主旨がずれました。

閑話休題。私は、それでもバロックの作品は、当時の楽器で演奏したほうが面白いと思っています。モダンでもいい曲はもちろんいいのですが、そもそも大きなホールで大観衆を相手にできるよう変化してきたモダンでは、やっぱりその曲の細かな部分を表現しきれないところがあるように思うのです。音は小さくて、構造なんかも古くて、便利な機構なんかもついていない楽器で表現しようとすれば、どうしてもモダンとは違う表現になるんです。細かなアーティキュレーションをより以上に重視するほかなく、私は大学でリコーダーを吹いてたのですが、あの強弱の差がほとんどでない楽器での演奏はサクソフォンとは全然違うテクニックが必要となる。リコーダーを学んで私は、音楽はアーティキュレーションを工夫したほうがぐっと面白くなると思いました。この考えは、今も変わっていません。

今日紹介する『管弦楽組曲』は、ピリオド楽器による演奏の面白さを私に教えてくれた「イングリッシュ・コンサート」による盤です。私はどうも偏って集める癖がありまして、音楽を聴きはじめた頃は、トレヴァー・ピノック(チェンバロ奏者)率いるイングリッシュ・コンサート一辺倒でした。ちょうど安価にリリースされていたりもして都合がよかったこともありまして、まあそういう現実的な理由もあって選ばれたのがこのピノックの盤であったのです。

バッハの『管弦楽組曲』は、組曲が一番から四番まであって、全曲盤となればどうしても二枚組になってしまうんですが、ところがこのピノック(イングリッシュ・コンサート)に関しては、一枚に全部収まっているというのですから、当時、今以上に経済困窮していた私は、これに飛びつきました。なにしろ、まだCDが高かった時代で、ソニーやグラモフォンのベスト100でも2500円くらいしたんですよ。ちょっと売れ線からはずれたものを買おうとしたら3000円超えなんてもう普通で、しかもそれが二枚組ならえらいことですよ。とにかく色々と、数を聴きたかった時期だったので、全曲が一枚に収まっているこの盤は、もうありがたくて仕方ない特別な一枚に思えたのです。

実は、私、この録音を二枚持っています。二枚といってもまったくおんなじ盤ではなくて、二枚目は多分院時代に買った輸入盤。悔しいことに全曲盤ではないんですね。もう、なんでこんな間違いしたんだろうと歯がみしました。抜粋を持ってて、後に全曲盤を買ったからおんなじ録音が二種類というのなら、まだ納得もいきますし、実際そういうのもいくつか持ってます。けど、その逆というのはどうしたことか。いやあ、安売りのワゴンかなにかに入ってるのを、わーっといろいろ取りそろえて買ったんでしょう。きっと演奏者なんて見てなかった。だって、私にとってピノック&イングリッシュ・コンサートのバッハ・ヘンデルはちょっと特別のものなんですから。

だから、より以上に悔しくて仕方がないんです。

おんなじ買うのなら、新録音を買ってたらよかったのにと思いました。私、情報をあんまり集めてなかったんですが、ピノックは『管弦楽組曲』を録り直してたんですね。それでもって、私、このジャケットに見覚えあるんです。けど私は録音年を確認せずに、自分の持ってるのが装いも新たに再発売されたんだと思いこんで、いやあ、本当に浅はか。まったくお恥ずかしいかぎりです。

2005年3月22日火曜日

Sony Classical: Great Performances, 1903-1998

 ポップスやなんかではベストアルバムをよく買っている私ですが、クラシックに関しては別。ベスト盤とかオムニバスとかは基本的に避けていて、というのもですね、抜粋されてるのが嫌いなんですよ。オペラとかオラトリオとかバレエ音楽とか劇付随音楽ならまだ我慢もしますけど、なんで全部聞いても二十分かからないようなソナタやなんかまで抜粋で聞きたがるのか。まとめて聞こうよ。と、こんな考えでいる私ですから、『G線上のアリア』とか大っ嫌いです(でもバッハの『管弦楽組曲 第3番 BWV1068』の「エア」は好き、いうまでもなく)。

つまり、なにがいいたいかといいますと、クラシックの抜粋オムニバスというのは、おいしいどこどりみたいに感じさせて、実際にはおいしい部分を捨ててしまってるといいたいんです。ソナタというのは、組曲というのは、まとめて聴いてよし、ばらして聴いてよし。でもその色々な聞き方ができる音楽を、お仕着せのオムニバスでしか知らないのはもったいないといいたいんですよ。

とかいいながら、私は『Sony Classical: Great Performances, 1903-1998』買っちゃってるんですよね。なんでだろ? なんでなんでしょう。

『Sony Classical: Great Performances, 1903-1998』は、その名のとおり、ソニークラシカルの名演を収録したアルバムでして、四枚組のボリュームが実に素敵。しかし本当に素敵なのは、その収録曲なのですよ。

なんというか、いかにも有名曲ばかり揃えました、って感じじゃないんですよ。もう聴き手に挑戦しているとしか思えないような曲も入っていて、Claude Bollingの『Suite for Flute and Jazz Piano: Baroque and Blue』なんて、どう聴いてもジャズ。まあ演奏してるんはランパルなので、クラシックといってもいいのかな(この考え方は間違ってるぞ!)。Eubie Blakeの自演による『Eubie's Classical Rag』てのも、クラシックじゃないよなあ。

けど、こうしたのりもよくハッピーな演奏が、いわゆるクラシック音楽の間に所々顔を出して、いやあ、本当にクラシックというのは幅の広いジャンルであるのだなと実感させてくれたものでした。

超有名曲も収録されていまして、聴いたことのある曲が聴きたいのっ、という要望にもお応えできるのも嬉しい点かと思います。例えば、ベートーヴェンの『エリーゼのために』。わたし、この曲、このアルバムでしか持ってません。そしてジョン・ウィリアムズ自演の『スター・ウォーズのテーマ』! いや、私、これもこのアルバムでしか持っていません。ジョン・ウィリアムズ作品は他にも『サモン・ザ・ヒーロー』が入っていて、これアトランタオリンピックのテーマ曲でした。

いやあ、実にクラシックというのは懐が深く、エンタテイメント性に富む音楽というのがわかるアルバムです。多分私、安売りかなんかで、なんか面白そうじゃんとかそんなのりで気軽に買ったんだと思うんですが、もう大当たりでした。何度聴いても楽しくて、何度聴いても飽きなくて、七面倒くさい顔して聴くばかりがクラシックじゃないぞ、と心から思った。

けれど、そう思えたのは、このアルバムの選曲が実に本気の選曲だったからですよ。クラシック入門だとかなんとかのための名曲集だとか、そんなおざなりアルバムとは一線を画す、まさにSony Classicalのプライドを持って編まれたものであろうかと思います。

いや、本当に名盤。このシリーズで、ジャズとかロックとかのアルバムもあるんですが、実は欲しいんですよね。クラシックでこの広がりなら、他のジャンルのもきっと満足させてくれるに違いありません。ええ、そういう気にさせてくれる、気合いのこもった最高のアルバムなのです。

2005年3月21日月曜日

ママレード・ボーイ

   今、手持ちのCDをiTunesに取り込んでるのですが、もうなんというか、こんなの持ってたんだというのが続々出てきてもう大変。ええ、つまりですね、まあもうおわかりかとは思いますが、本日の発掘の成果が『ママレード・ボーイ』であったというわけです。もう、出てくるは出てくるは、わんさか出てきてびっくり。ああ、あの頃はりぼんの漫画が熱かったのだ。

九十年代は、集英社の漫画雑誌『りぼん』の漫画が次々アニメ化されて、好評を博した時代だったのですね。ああ本当に懐かしいやら、一口に言葉にできない思いやらがぼこぼこ沸いてきて、なんだか複雑な気分ですわ。

九十年代を風靡した少女アニメといえば『セーラームーン』が思い浮かびますが、『セーラームーン』が本来の対象である少女及び大きなお兄さんお姉さん、よこしまな学者研究者の心をぐっとつかんだのに対して、『ママレード・ボーイ』は若いお母さん世代を魅了したんだといいますね。

恋し魅かれながらも素直になれない若い恋人たちの心模様の移り行きに、そしてダイナミックで無茶な展開。ついこないだまで、社会現象になるくらい韓国ドラマがブームになってましたが、韓国ドラマのサービス過剰ともいえる展開の起伏 — 記憶喪失に兄妹疑惑、などなど、などなど。今から振り返れば、『ママレード・ボーイ』は韓国ドラマに勝るとも劣らない、サービス精神のてんこ盛りでありました。いや多分連載期間が長かった分だけ勝ってるんじゃないかと思う。とにかく、読んでた私をして引いてしまったくらいにダイナミックな展開でしたからね。

しかし、テレビアニメ版は原作を超えましてね、実際若いお母さん世代を引き込んだのはトレンディアニメともいわれた、このテレビアニメ版だったのですが、そのお母さんファンからしても賛否両論、というか否定的な声のほうが強かったような気がします。とにかくテレビアニメ版は、そんな風に改変しちゃうの!? っていうような変更が行われて、原作ですら引き気味だった私などは、まさしくどん引きしてしまったのでした。

ヒロイン光希が恋している遊がですね、原作では京都の大学に進学するんですけど、アニメではですよ、アメリカ留学しちゃうんですね。アメリカ! それでもって、恋敵やらなんやらが金髪で、そういったキャラクターが大挙して来日しててんやわんや。もう、このアメリカ留学のショックが大きすぎて、私は見るのをやめてしまったくらいです(でもビデオには全部録った)。

けど、こうした躁状態みたいなのりが、九十年代ののりだったのかもなあと、今振り返ってみて思います。今からもう一度見返してみれば面白いと思うんでしょうか。正直微妙なところであるとは思いますが、実は原作はまたもう一度読んでみたい。— 私は本誌で読んでいたので、単行本を持っていないのです。

吉住渉は私の好きな漫画家のひとりでしたが、『ミントな僕ら』の終盤あたりでリタイアしたはず(だって結末を覚えていない)。『ランダム・ウォーク』にいたっては、プロットさえ知らない。なので、微温的世界の好きな私には、吉住渉は刺激が強すぎるのかも知れません。

一応、書こうと思ったこと書いとこう。

『ママレード・ボーイ』では亜梨実さんが好きでした。『君しかいらない』では、珍しくヒロインの朱音が、『ミントな僕ら』ではのえる×佐々、おおっと間違い、牧村未有が好きでした。

まあ、だからなんだというわけではありませんが、まあ自己開示の一環として書いておきたかったんです。

完全版

  • 吉住渉『ママレード・ボーイ』第1巻 (集英社ガールズコミックス) 東京:集英社,完全版,2004年。
  • 吉住渉『ママレード・ボーイ』第2巻 (集英社ガールズコミックス) 東京:集英社,完全版,2004年。
  • 吉住渉『ママレード・ボーイ』第3巻 (集英社ガールズコミックス) 東京:集英社,完全版,2004年。
  • 吉住渉『ママレード・ボーイ』第4巻 (集英社ガールズコミックス) 東京:集英社,完全版,2004年。
  • 吉住渉『ママレード・ボーイ』第5巻 (集英社ガールズコミックス) 東京:集英社,完全版,2004年。
  • 吉住渉『ママレード・ボーイ』第6巻 (集英社ガールズコミックス) 東京:集英社,完全版,2004年。

りぼんマスコットコミックス

画集

コバルト文庫

CD

DVD-BOX

2005年3月20日日曜日

動物のお医者さん

   今日、ギターの練習をしていたら突然弦が切れました。あの、弦が切れた瞬間というのは、本当にびっくりするものなんですよ。あまりに突然だから、なにが起こったかわからない。で、弦が切れたということを理解して、ひえええええ、弦が切れたあああ、と叫ぶ。いや、叫びはしませんけど、そんな気持ちになるんです。特に今日みたいに、弦を替えてまだ数日なんて日には、本当に叫びたい気持ちになるものなんですよ。

この ひえええええ、弦が切れたあああというのには元ネタがありまして、なにかといいますと『動物のお医者さん』なんですね。雪に埋まった菱沼さんが引き抜かれるときにあげる叫び声でして、ひえええええ、くつがぬげたあああ、この恐ろしい叫びを聞いた犬は死ぬといわれています。

まあ冗談はさておきましても、故事や伝説、物語から独立して使われるようになった慣用句というものは実にたくさんあるわけですが、『動物のお医者さん』くらいになると、まさにそういう慣用句レベルで日常に使える表現が盛りだくさんです。例えば先ほどのひえええええ、くつがぬげたあああなんてのは、その筆頭格であるといえるでしょう。

その他にも、あげればきりがないのですが、私はリス、しっぽをそられたのなんてのもそうですし、戸棚のウラはネズミの卵でいっぱいだー!!もそうでしょう。それに、コンタミダチュウといった、一般に馴染みのなかった言葉が全国区の一般用語に格上げされたのも、『動物のお医者さん』の功績であるといって言い過ぎではないと思います。

『動物のお医者さん』は世代や性差を超えて愛される漫画であるために、上にあげたような言葉を知っている人というのは実にたくさんいて、顔見知りから知り合いまでの距離を詰めようというときに、実に役立ってくれるのですよ。話し下手、口下手の私には実にありがたいかぎりで、その威力たるや、坊やだからさ二度もぶった、親父にもぶたれたことないのにあんなの飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよヘルメットがなければ即死だったの比ではありません。

いや、もちろんガンダムからの慣用表現も強力ではあるのですが、これは世代と性差を考慮する必要があるので、効き目がピンポイントすぎなのです。対して『動物のお医者さん』のフィールドは、主に女性向けでしたから、私みたいに女性の多い場所を点々としてきた人間にとっては、非常に力強い助けであったのです。

私が生涯で最もうけた『動物のお医者さん』ギャグは、私はリス、しっぽをそられたのだったのですが、この表現がすでに第一巻に出現していることに、私は改めて驚きます。超音波の焼きいも屋菱沼聖子かね!?も一巻ですからね。

第一巻にしてすでに完成されていた『動物のお医者さん』。本当に偉大であると思いますよ。ええ、我が生涯のマスターピースであるといって恥じない偉大な漫画であると思います。

参考

引用

2005年3月19日土曜日

銀のロマンティック…わはは

「幽遊白書」読んでも「うしおととら」読んでも毎回泣くいう人がいはりましてね、いやあ涙腺が壊れ気味の人ってどこにでもいるんだなあ。でも、涙腺の壊れっぷりなら私も負けてませんよ。というわけで、私が読むと必ず泣く『銀のロマンティック…わはは』で対抗してみようと思います。ええ、この漫画は絶対泣くんですよ。読めば泣きますし、思い出しても泣きますし、あらすじを説明しようとすれば、言葉にする前に泣けてくる。— 多分こういう人って多いんじゃないかと思います。川原の読者は、きっと私のいうことわかってくれると思います。

私ね、いつも思うんですけれども、人間には感情のスイッチというのがあって、特定の条件がそろうとスイッチがオンになるんですよ。だから何度見ても、何度読んでも泣いてしまう、いつも同じシチュエーションで涙が止まらなくなる。これは自然なことだと思うのです。

ただ、その涙のスイッチが人それぞれなわけです。私みたく川原漫画の人もいれば、特定の少年漫画でオンになる人もいる。『劇的ビフォーアフター』を見て泣く人もあれば、10歳のわんこが犬ぞり引いてる姿に号泣する人もいる。実に人それぞれであると思います。

ただ、私の場合、ちょっと『銀のロマンティック…わはは』で泣きすぎたきらいがあって、なんというのか、パブロフの犬とでもいったらいいのか、このタイトルのわははだけでちょっと泣きそうになってしまう。このわははの前の三点リーダーが私のスイッチを押す、溜めになってしまっているみたいなんですね。

川原の漫画というのは、実にこのわははの一語に集約されるんではないかと思うんですよ。基本的に、悲劇のどん底にたたき込まれたような主人公が明るく健気に生きていくという様を描く川原漫画ですが、やはりそれはどこかに悲劇の影を引きずっていて、けどそれを決して表立っては描かない。悲しさやつらさを奥に隠して笑っている。ただただ静かに微笑んでいる。それがわははであると思うのです。その前に三点リーダーが置かれたわははであると思うのです。

川原の漫画には、いつもどこかにこのわははが感じられます。物語がハッピーであるにせよそうでないにせよ、川原漫画の登場人物はわははの精神を忘れず、どんな悲しいこと、つらいことがあったとしても、この精神でもって、その人それぞれの日常に立ち返っていくだろうという予感がするのです。

きっとこのわははに力づけられる思いのするという人はたくさんいると思います。そして私は、力づけられるとともに泣いてしまうんですね。

駄目だ、スイッチが入った。文章になりやしません。

引用

2005年3月18日金曜日

ラン・ローラ・ラン

 私が『ラン・ローラ・ラン』を知ったのは確かNHKのテレビ『ドイツ語会話』だったと記憶しています。文化コーナーで紹介されてて、それがどうにも面白そうだと思ったんですね。それに多分タイミングもよかった。PS2でDVDが見られるというのが嬉しくて、DVDを毎月買ってた時期があったのですが、そんな頃に『ラン・ローラ・ラン』のDVDが出ていたものだから、勢いで買ってしまったんですね。

勢いで買っただなんていってますが、いえ、ちっとも後悔なんてしていませんよ。何遍も見て、何度も何度も見返して、それでもたまにはまた見たいなんて思える映画なんて、そうそうあるわけじゃありませんから。

『ラン・ローラ・ラン』は、そのコンセプトが面白いんですよ。一番最初に哲学じみた文句が語られたと思ったら、あとはもうローラが走って走って走りまくる。といいましても、走ってるだけの映画じゃありませんよ。ちゃんと目的があって走ってて、けど、その目的にたどり着くまでの道筋がちょっとずつ、ちょっとずつ違うんですね。

ここで映画の構造をいってしまうと、この映画の面白さを台無しにしてしまうから、ちょっと黙っておきますね。けど、この構造こそがこの映画の面白さであるのですから、構造を語らないことには映画の説明ができない。むう、じゃあ、映画についてじゃなくて、ちょっと寄り道話をしましょうか。

私は、これまでも何度かいったことがあるかと思いますが、人の一生はすべて偶然でできていて、必然であるとか運命的であるとか、そういうことはまったくないと思っています。あの日、あの時、あの場所で、あなたとわたしが出会えたのは、きっと運命に導かれたからだわね、だなんて絶対考えない。そんなもん、たまたまにきまってるじゃんか。タイミングが偶然あっただけのことであって、もう一遍あの日を最初からやり直したら、出会えてるかどうかなんてわからんぜ、なんて思っています。

以前、『スライディング・ドア』を取り上げた時に、必然偶然どうこうといってたんでした。『スライディング・ドア』も私の人生観にしっくりくる映画ですが、けど見終えたときには人生に必然はあってもいいななんて思うだなんていってました。これ、なんでかといいますと、『スライディング・ドア』がセンチメンタルでロマンティックな映画だからですよ。映画の雰囲気にほだされてしまって、感傷に引きずられるまま、必然ってあったら素敵よね、きっと。なんて思うんです。

ですが、『ラン・ローラ・ラン』には、そうした感傷の入り込む余地なんてないのですね。テーマは『スライディング・ドア』にほぼ同じですが、ものすごく強い意志が、自分の人生は自分が決定するんだと主張してる。そんな感じがびしばし伝わってきて、そうだよ、人生はなるように流されるんじゃなくて、自分の意志でもって勝ち取るべきもんだよ、そうだよ。なんて、映画を見終わる頃には、すっかり鼻息も荒くなってしまってる。— ええ、私はその場の雰囲気に影響されやすい人間なんです。

映画の構成も明確で、主張も実にわかりやすい『ラン・ローラ・ラン』。さすが意志と表象としての世界を生きているドイツ人の作った映画だと思いました。けれどエンターテイメント性も抜群で、バックに流れるテクノも実にクールです。

80分ほどで終わるという手頃さも手伝って、何度も何度も見た映画です。多分、これからも何度でも見るかと思います。展開もストーリーもなにもかもわかってても、それでも面白いのですから、本当に当りの映画かと思いますよ。

サントラ:

2005年3月17日木曜日

クライマックスラグ 完全コピー楽譜集

今日、偶然張り紙を見て知ったのですが、ラグタイム・ギタリストの浜田隆史氏が大阪に来てライブをするのだそうですね。詳しくは氏のサイトの「ライブ&投げ銭情報」をご覧になっていただくとして、ともあれ私は、四月一日二日とあるライブの両日聴きにいこうかと思っています。

いやあ、実は浜田さんのことは随分前から気にしていて、結構ファンなんですよ。その生き方のスタイルというか、ギターへの打ち込み方というか、ちょっと真似のできなさそうな氏独自のやり方というのに私はどうも憧れて、一度でいいから目前で聴いてみたかったんです。

浜田氏はその道では結構知られたギタリストで、特にその彼の名前を有名にしているのは、小樽運河(オタルナイという名称は小樽運河に由来。ナイはアイヌ語で川のことです)でのストリート活動と、オタルナイ・チューニングと名付けられた独特のチューニング(EbAbCFCEb)であるかと思います。

チューニングは独自で、雰囲気も独特で、けれど音楽を聴いてみればわかると思いますが、すごく正統派の真当な音楽で、奇をてらったような変なけれん味なんかまったくないんですね。真面目に音楽に取り組んで、よりよいなにかを求めた結果としてたどり着いたのがオタルナイの独自の世界なのでしょう。私は、それはすごく素晴らしいことだと思い、私がこの人に憧れて已まないというところはここなんです。

氏のサイトの「文芸の部屋」カテゴリに「日記と随筆のページ」というのがあります。開いてみると「投げ銭随筆」というシリーズがあるのがわかると思いますが、これを読んでみれば、いかに氏が音楽にまっすぐに取り組んできたかがわかるかと思います。私は、このページに現れる氏のギターに対する思いとプライド、そして愛があふれているところがすごく好きで、何度も何度もこのページを読んだんですよ。それで私もいつか、この人みたいに人前で演奏できるようになりたいなあと思って、そして今も思っています。とにかく氏の文章は、すごく刺激的で心に染み、沸き立たせるだけの内実を持っています。

ところで、私が浜田氏のサイトを見付けたのは、K. Yairiの名器レディーバードについて調べていたのがきっかけで、実は氏もレディーバードオーナーだったのだそうですね。だったというのは、お母様が随分とお気に入りだそうで、とられてしまわれたのだそうです。

私がレディーバードを買った当初は、氏についての詳細はまったく知らなかったのですが、後々オタルナイ・チューニングのラグタイム・ギタリストに関する記事を雑誌で読んで、ああ、あの人だ! とすべてがつながったのでした。そうかあ、有名な人だったのかと、実に納得。なんだか自分の知り合いが成功しているみたいな、そんな嬉しくて鼻高々な気持ちになったのを覚えています。

さて、Amazonが扱う浜田氏のプロダクトは『クライマックスラグ 完全コピー楽譜集』だけでありますが、氏のサイトからアルバムを買うのも可能です。楽譜にしても、出版元である TABギタースクールからまだ買えたりするかも知れません。

よろしければ、色々探してくださいましね。