袴田めらはすっかり百合の人として定着してしまったみたいですね。というわけで、『夜空の王子と朝焼けの姫』。これは結構前に買っていたんですが、ちょっと読む余裕がなくて今まで置かれてしまったのでした。けど、ようやっと読んで、私はちょっとびっくりしました。思った以上に踏み込んだ描写があって、そうかあここまで描いちゃうんだと、なんだか感心してしまいました。けど、別に露骨とかいいたいわけじゃないんです。漫画としてはやっぱり袴田めら節とでもいおうか、叙情にほの暗さが混ざり込んだ独特の余韻が後に引いて、そちらがメインであることは間違いないのですから。叙情が強いものならばほっとした気持ちに、ほの暗さの勝ったものであったら、切なさに胸かきむしられるようで — 、で、あんたはどっちが好きなのよといわれたら、ほの暗いのが好きだと答えます。
具体的にいうと、『放物線を描く花』なんて絶品かと思う。誰もが気付かず見過ごしにしていた美しさ、それを見付けたのは私なのに、その美を白日の下に解き放ったのも私なのに、美なるものは絢爛に咲き誇り、私一人のものではなくなってしまった。これは切なさにもだえましたね。もしこれが私であったらば、完全に隠匿して人には見せなかったかも知れない。けれどそれでは駄目なんです。ヒロイン一之瀬は、そのまっすぐな心でもって美に躊躇なく歩み寄り、なすべきことをベストなかたちでなしたのです。誠実さは鬱屈していた心を救ったけれど、かわりに自分一人が囲い込めたかも知れないものを手放させることにもなった。それが正しい行いであったことは誰もが認めるところだけれど、正しさゆえの寂しさというのもきっとあるのだろう。そういうことを思わせる、本当に美しい小品だったと思います。
『カラス女』は、『放物線を描く花』ほどには締めつけられる感じはないのだけれど、似たような構図を持った話で、けどこちらは失われてしまった美についての話。短い、コンパクトでシンプルな話なんだけれど、そのシンプルさがいかされたちょっと素敵な落ちが、その落ちに向かう波乱も含めて、じんわりと胸に広がる感じ。叙情強め、ほっとして仕合せな気分には確かになれるのだけど、その中に少し苦味が残ってるかなって思う。ああ、らしいなあ、こういう話が好きなんだなって思います。
けど、明るめの話も好きですよ。思ったことを口に出してしまう女の子がヒロインの『キリンの首は長すぎる』、よりによって口にする言葉が強烈すぎる、そのあからさまなところが最高で、パンダびびらせてしまうところなんて最高だった、ちょっと笑ってしまった。何回読んでも笑えるくらいに強烈だったんだけど、けどこの話の最後のシーンがなんかほろりとさせるんだ。もうあかんかなと思わせて、最後にぐーっと明るい方向に持ち上げてくれるような上昇感とでもいったらいい? ああ、やっぱり好きだなって思います。
好きな話はまだまだあります。けれどここで次々ネタバレくさいことをするのもどうかと思うので、このへんでやめておきますが、本当、実際に読んでふれてはじめて伝わる味というのが袴田めらにはあると思います。ちょっとぬるめのタッチ、けれどそれが想像以上に情感を伝えることは確かにあって、これが袴田めらの味なのだと、私なんかは言い切ってしまいます。ちょっと癖のある漫画だけど、その癖が嫌いでなければ、きっとお気に入りになるんではないかなと、そんな一冊です。
- 袴田めら『夜空の王子と朝焼けの姫』(Yuri-Hime COMICS) 東京:一迅社,2007年。
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