ある朝目を覚ますと、世界は眠りに落ちていた。眠れる惑星に一人残された少年永井淳平は、この異常な世界をいかに生き抜いていくのか。というのが『眠れる惑星』の骨子だと思っていたのですが、どうも見どころは他にこそあったんではないかというのが3巻を読んでの感想です。というのはね、思ったよりもシリアスな雰囲気で進行していきそうな気配を見せていまして、2巻あたりだと、セックスをすることで眠っている女性を目覚めさせる能力をもつがゆえに、女性たちからちやほやされる淳平の純情恋愛もの、一人の女性に愛を貫くことができるのか? みたいな話が主体と読めたのですが、3巻ではむしろ異常事態下における人間の行動がクローズアップされています。そう、尾美の戦略とその破綻がいよいよ表に出て、対立しこじれる人間模様があらわになってきましたよ。
私は第3巻を読みながら、ずっとリスクマネジメントみたいなことを考えていたのですが、それも特に起こってしまったことに対する対処に関していろいろと思っていたのですが、どういうことかといいますと、社に損害を与えかねないトラブルが発生した時、それにどう対処するのがよいのかというようなことを想像してくださるとわかりやすいんじゃないかと思います。隠蔽して秘密裏に対処するのがよいか、積極的に情報を開示するのがよいか。大きく分ければ二種類のやり方があると思うのですが、果たしてどちらが良い結果を生むでしょう。 — 大抵の人は後者と答えるのではないかと思います。数年前から、リコール隠しや賞味期限切れ食品の再利用等、情報を秘匿するような手法をとったためにより事態を悪化させたケースを私たちはたくさん見てきました。対してトラブルに関する情報を広く公開し、お詫びと周知に努める態度を見せるなど、従来ならば不利益を生じさせかねないとして忌避されてきたこうしたやり方を徹底することで、逆にイメージ戦略として成功したようなケースもありましたっけ。
こうした事例を見てきて、そしていざ『眠れる惑星』を読んだならば、尾美の失敗がわかるのではないかと思うのです。尾美が当初成功を見たのは、周囲に自分の理解者を置いていたから。すなわち、情報を秘匿しがちな態度を見せても、その上で信頼を得られるような状態にあったから。しかし、さまざまな考えを持つ個人を目覚めさせたのが彼女の失敗だったのだなと思います。あるいはより適切に言い換えるならば、自ら変えた状況に対し適切な戦略を選択しそこねたのが失敗だったと思います。尾美は自分自身を評して傲慢
と批判しますが、そういう判断をすることがすでに傲慢なのだと思います。おそらく彼女においては、傲慢であったことではなく、怠惰であったこと、臆病であったことの方がより深刻であるはずです。彼女の自身を守るための手段であるはずの沈黙は、いたずらに周囲の不安を煽り、疑心暗鬼を生じさせることで自身を傷つけてしまう。おそらく彼女はこれから先も失敗し続けることでしょう。そしてその失敗が事態の核心に踏み込ませる一歩になるのではないかと予想しています。
『眠れる惑星』はSFやファンタジーというにはあまりにライトであるのですが、けれどそれでも群集の心理の動揺を押し出してくるあたりに、作者のSF者の素養が感じられるようで、読んでいて結構スリリングです。まただんだんと破滅的な匂いもしてきて、かりそめの平和の破られる日は近い — 。対立や軋轢は今後も強まるだろうし、尾美の失敗もまだ終わったわけではないしで、次巻以降シリアスの度合いが強まるだろうことは必至です。私は、そうした展開の行方が楽しみというか恐ろしいというか、けれど本当のところいうと楽しみで、わーいハーレムだ、エロエロだー、と読むのもいいけど、それだけじゃちょっともったいない漫画と思っています。
- 陽気婢『眠れる惑星』第1巻 (サンデーGXコミックス) 東京:小学館,2006年。
- 陽気婢『眠れる惑星』第2巻 (サンデーGXコミックス) 東京:小学館,2006年。
- 陽気婢『眠れる惑星』第3巻 (サンデーGXコミックス) 東京:小学館,2007年。
- 以下続刊
引用
- 陽気婢『眠れる惑星』第3巻 (東京:小学館,2007年),13頁。
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