『天使の3P!』、読み終わりましたよ! 『ロウきゅーぶ!』の蒼山サグが贈る新作、小学生の女の子たちが主役の、いや主役は高校生男子か、バンドものであります。五島潤、紅葉谷希美、金城そらによるスリーピースバンド、ギター、ベース、ドラムの編成ですね。表紙の女の子が五島潤さん。ギターですね。バンド、というか、ライブをやりたい、そういい出した子でもあります。しかし、なぜバンドなのか、ライブなのか?
今回は前回と違い、ばりばりのネタバレ進行でいきたいと思います。これより以下はネタバレ御免、ゆえに未読の方はここらで引き返していただきとう存じます。
潤たちがバンドをはじめる動機、そこに工夫があったのだと思います。アイドルやロックスターみたいになりたいわけじゃない、音楽が好きだったとか、たまたま家に楽器があったから、そういう理由でもない。思い出作りだっていうんですね。潤たち三人は、リトルウイングという児童養護施設に暮らしている、その施設は教会に併設していて、しかし経済的事情から教会と今の施設を手放すことになった。好きだった教会とお別れするにあたって、父親代わりのマスター、佐渡正義の夢を叶えたい。それが教会でのロックライブ。音楽を自分たちの楽しみというよりも、より切実な願いを実現するための手段としているのですね。あるいは、ここを去る自分たちにとっての区切りとするため、そういう意味もあったのかも知れません。
ここで重要なのは、この物語が描こうとしているものが、彼女らのバンドの上達ではないということです。『ロウきゅーぶ!』では、ずば抜けたプレイヤーひとりを軸にしたバスケチームが、いかにして格上のチームに勝利するか。そうした視点も重要だった。けれど、『天使の3P!』においては、彼女らが音楽的困難にどう向き合うかはむしろ語られず、というかある程度クリアされてしまっているといってもいい。じゃあ、なにもかも円満円滑に進むのかといったら、当然そんなには甘くなくて、聴衆をどうするか、プロモーションこそを問題にしているんですね。無名の彼女らのライブに、いかにして観客を呼び込むか。この観客を呼ぶというのはライブ、コンサートをする際には当然重要で、そして難しい。知人友人を動員する。家族縁者のつてを頼ったりもするのですが、しかし、潤たちにはその頼れる相手がいなかった。そこで主人公貫井響に声がかかった、ネット経由で、会ったこともない相手に頼るしかなかった、彼女らはそこまで追い詰められていたのですね。
テーマは交流、人間関係、コミュニケーション、相互理解、そうしたものなのでしょう。学校で友人を作ることに積極的でなかった女の子たちに頼られて、自身人間関係の構築が得意でない少年が奮起する。だって、中学時代の失敗が原因となって、以来数年学校に通えていないっていうんです。登校拒否、なかばひきこもり。高校なんて、入学だけはしたけれど、まったく登校していない。この彼が、潤、希美、そらのために、苦手なこと、自身逃げていた問題に立ち向かおうとする。これは正直、感動的でさえありました。自分が否定される、自分の大切なものが貶められる、そうした恐怖や不安を乗り越えて、相手に一歩踏み出して、自分の気持ちを伝えようとする。傷つくこと、失うことを怖れて、距離を置いてきた。自分自身で決めつけ作ってしまっていた限界を踏み越える。あの、初めて登校した朝、教室でのゲリラライブは、それこそはじまるまでは、お願い、やめて、つらくて見てられない! なんて思いましたが、演奏がはじまるまでのプロセス、それが意外にありだなと思われたこと、けど、響もいってましたけど、翌日からの学校、針のむしろだったろうなあ。でもその思い切りが、彼の抱えていた問題を解決に向かわせ、そして潤たちの抱えていた問題の解決、彼女らの背を押す大きな力になった、それは素直によいなと思える展開でした。そして響や潤を影ながらサポートした潤たちの姉桜花や響の妹くるみの存在。人の縁の不思議、誰かと繋がっているということ、困難な時誰かがそばにいてくれるということが、どれだけ気持ちを強くしてくれるか。思いがけない人間関係の輪によっても充分に示されて、ああよいなと、問題を解決しながら人間関係を深めていくところ、そして自身を回復させていくところ、大変よかった、これが作者の持ち味なのだろうなと、素直に思ったのでした。
描かれたのは、物語内において一ヶ月にも満たない時間での出来事でした。導入としての人物紹介や背景及び問題の提示があって、当初は見えなかった人間関係、繋がりが描かれながら、問題解決の手段が講じられていく。それは非常にシンプルで、王道ともいえる展開を見せました。このコンパクトさ素直さは、キャラクターを見せながら、同時に読者にとって面白い楽しい、そう感じられる要素もいろいろ盛り込んで、文庫本一冊に提示、展開、解決をきっちり収める必要がある、とりわけ第1巻に求められる見せ方なのでしょうね。いきなり2巻に続くとはできない。だから、大きくではなく、小さく、けれど充分な盛り上がりも用意して、最初の目標をクリアさせた。エピローグにて、さらなる広がりを予感させるわけだけれど、最初の目標のクリアが、そうした広がりに対する起点としても機能する。そうしたところに、よく工夫されてるなあと感心したりもしたのでした。
また、キャラクター類型についてもなるほどと思えるところがありました。あるいはこれはワンパターンともいわれかねない、そうしたキャラクターの見せ方があったわけですが、しかし例えば藤子不二雄の漫画に見られるように、ヒロインの類型、ガキ大将の類型、その取り巻きの類型などなど、一目見てこれはこういう役割、こういうポジションというのがわかる。初見でもおおまかにその個性がわかるようになっていて、それはキャラクターの紹介に多く紙数を割けない場合に有効で、しかし読みつけてくると、それぞれのキャラクターの違い、ゴジラとジャイアン、ブタゴリラ、カバ夫の違いがわかってくる。なるほど、ライトノベルというものは、娯楽を提供するものとして、わかりやすさ、親しみやすさを前面に押し立て、伝えるべきところをコンパクトにそして確実に示していくものであるのだな。少なくとも蒼山サグこの人の作風とは、そうしたものなのだなと感じたのでした。
そうそう、読んでいる間に思っていたこと、潤たちは可哀そうな子ではない、それがきちんと伝わってきたのは大変によかったです。響が無神経でないこと、むしろ人を傷つけることを避けようとする、そうした優しさを持っているのもよかった。また、物語の展開、問題の解決に奇跡的な要素を持ち込まない。あくまでも響たちの身の丈にあった物語としている、それは非常に好感の持てるものでした。現実だったら無理だよね、けど物語だからいいか、むしろサービスだよな、そういうケレン味溢れる物語も面白い、嫌いではないのですが、できることのほとんどない、そんな状況に立たされた彼女ら、そして自身問題を抱えた主人公の物語としては、彼ら彼女らの身の丈の物語、精一杯頑張って掴み取れた小さな成功としあわせ、確かな実感のともなうコンパクトなものであった方がより一層に魅力的なものとなるな。そうした思いを抱かせた。ええ、これも蒼山サグという人の持ち味なのだと思います。
- 蒼山サグ『天使の3P!』てぃんくるイラスト (電撃文庫) 東京:アスキー・メディアワークス,2012年。
- 以下続刊(期待)
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