私は『中国いかがですか?』を読んでこの小田空という人はすごいと思ったのですが、『目のうろこ』を読んでその印象はなお深まりました。この人は本物だと思う。この広い世界を渡って、よいものも悪いものもすべて見て、体験して、そしてそれを自分の糧にして生きていける人だと、本当の意味での個人であると、そんな風に思って、実はちょっと憧れて尊敬しています。
阪神の大震災の年、いつ何時余震がくるかわからないから、ポケットにラジオを入れて聞きながら移動していました。聞くのはNHK、インタビュー番組に出演していた児童文学者の角野栄子がこんなことをいっていたのがひどく印象的でした。塀の上の人。境界線上に立って、向こうとかこちらとか関係なしに、両者を同じく感じることのできる人のことをいっていて、私はまさしく小田空という人がこの境界線上の人だと思います。
この本を読んで感じたこと、まず第一に小田空は変な人だということです。友人である漫画家たちが語る小田空像にもそうした印象はにじんでいて、しかし同時に皆がこの人を好きなんだなということが伝わってくるというのが素晴らしい。子供のように奔放で、かと思えば語学堪能で度胸があって、貧乏旅行で世界のあちこちを回り、普通の人ならしり込みしたり、そもそも思いもつかないようなことをしてきたりするらしいんですが、その自由さというのは私たちがいう常識や分別にこの人がとらわれていないという証拠なのだと思うのです。だから、新しいことでも素直に受け取って、偏りなしにまっすぐ自分の感性ではかることができるんだと。こうした資質というのは本当に素晴らしく、そして希有であると思います。私たちは常識とか普通、当たり前という偏りにがちがちにとらわれていて、なにより心が自由じゃない。自分の狭い料簡にはずれた人やものを見ては、あれは変だとか、あれはおかしいといって、遠く遠くへ追いやろうとする。でも、小田空ならきっと、そうした小さな料簡こそがおかしいというと思うのです。つまらない意固地を取り去ってしまった先には、きっともっと広く豊かで自由な世界があると、この本はそういう大切なことを告げていると思います。
大切なこと、それはなによりも人と人との関係なんじゃないかと、当たり前のことなんですが、この本を読めば本当にそう思えてきて、そして私は泣けてきて仕方がありません。この人は世界のあちこちで、それはそれはいやな思いもしてきたというのがこの本見ればわかるのですが、でもそれでもその国や土地を嫌いになれないのは、いやな気持ちを上回るだけのよいことも経験したからなんだ、 — そしてそれは人と人との交流の先にあったんだと思う……。胸にぐぐぐーと迫ってくるんですよ。この思いはちょっと言葉にはならない。けどひとつはっきりいえるのは、この人の経験してきたことが大変に豊かであるということ。そしてその豊かさは溢れてきて、私の思いも一杯にしてしまうのです。
- 小田空『目のうろこ — 尻暗い観音ユーラシアひとり旅』(SGスペシャル) 東京:集英社,1991年。
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