ああああああ、しくじりました。先日、母のためにカメラを買ったといっていましたが、そのカメラというのがRICOH Caplio R3だったのですね。それで、件の係長に報告をしまして、そうしたらR4じゃないの? っていわれてしまいました。ああ、そうだ。あの時、話題に上ったカメラというのはR3じゃなくてR4だったんだ。しくじりました。
R3とR4の現時点における価格差というのはだいたい五千円くらい。結果的に型落ち品で安くすませたみたいになってしまって、私はちょっとショックですよ。別に、これは自分の買い物ではないのだから、安く押さえようだなんて気はなかったんです。あああ、くやしい。だから、その差額分でSDカードを買うことにしました。これで少しは気が晴れます。
なんか変だなという気はしていたんですね。R3の在庫を確認したら、もうないというところが結構多くて、人気商品なのかも知れないけど別に新発売でもないんだし、変だなと思ってたら、そうですか、単純にモデルチェンジ時期であるからというのが品薄の理由だったんですね。
R3とR4の違いはといいますと、まず大きなところでは画素数。R3が513万画素ならR4は604万画素。あとは液晶が見やすくなったとか、電池の持ちが多少よくなったとか、そういうマイナーチェンジが施されているみたいなのですね。正直、差がそれほど致命的でなかったからほっとしているのですが、けど本当に買い物をするときにはよく確認をしないといけないのだなと思いました。
R4にはR3よりもちょこっと機能が増えていますが、本当にちょこっとだけで、正直自分にはいらないような機能だから特になんとも思わないので助かりました。母にしても、あまりいろんなモードを使いこなしてということもなさそうだから、大丈夫でしょう。それよりも、レンズやシャッター等々のカメラとしての機能がしっかり同じであったことが私には嬉しいです。これはすなわち、カメラとしてはR3でひとつのかたちをなしていたんだろうなとそういう風に思います。
けど、もしR3とR4を勘違いしていなかったとしたら、私は間違いなくR4を選んでいたと思います。だって『二銭銅貨』のたとえもあります。私は五千円やそこいらを始末して儲けた気になろうだなんて思いたくもないのです。

リコーのデジタルカメラ
私があさりよしとおの漫画に出会ったのは中学に通っていたころで、なんか独特の表現、ひねてて皮肉も利いてて、そうしたのが独特の丸み、柔らかさを帯びた絵で展開されて、なんというんでしょうね、シュール? 私にとっては好きな作家なのですが、一般層への浸透というといくつも疑問符がつくくらいにマイナーで、漫画をかなり読む人ならば知ってる可能性は高いとはいえ、普通の漫画読みなら知らないかも知れないくらい。けど、面白いんだけどなあ。
ローリングストーンズのキース・リチャーズといえば、ロックファンにとってはちょっと外すことのできないビッグネームであると思うのですが、しかしこの人ってなんというのか、危なっかしいというか、目が離せないというか、まさにトリックスターであると思うのです。そのキースがですよ、なんと事故でけがをしてその再起さえ危ぶまれているというではありませんか。そのニュース、記事のタイトルが『
師走冬子というと『
どんなものにしても、一番最初に使ったものが自分にとっての原器となるのかも知れないと思うことがあります。私にとって、例えば辞書なら『
子供の頃、立ち読みの漫画雑誌で見覚えて帰った『広辞苑』という名前、とにかくそういう名前の分厚い辞書があるらしいと知って、私は親にねだりました。そして買ってもらったんですね。その頃はまだ第3版で、奥付見れば昭和58年12月の第1刷とあって、とすると私はまだ十歳ですね。ということは、広辞苑とつきあってもう二十年以上経つというわけで、思えば長いのかもなあ。人生の半分以上、辞書といえば広辞苑というスタンスでやってきて、とにかく小中高は広辞苑で全部済ませました。大学に入っては第4版のCD-ROM版に移り、院を出るときに第5版を買って今に至る。とにかく、常に傍らには広辞苑があった。だから、私の日本語のベースには、少なからず広辞苑ひいては岩波の影響があると思います。
私が先日カラオケにいったときのこと、山崎まさよしの『メヌエット』を歌って欲しいといわれまして、残念ながら私はその歌は知らないんです。けど調べて仕込んでおきますよと答えて、調べてみたらゲーム『
オペラはみるけどミュージカルはほとんどみたことのない私です。

実は私は、カラオケあんまりいきません。歌が嫌いなわけはないんです。むしろ好きで、ただいく機会がないのですね。だから、たまにカラオケにいったりするとすごく戸惑います。どの歌を歌うべきなのか、そもそもうまく歌えるものなのか、毎回緊張して、これだという歌を選べないのですね。
『
なんかちょっといろいろあってさ、ここのところメランコリック気分。なんていうんだろう、そうした気分もたまには悪くはないんだけど、でもなんでかこうしたときには誰かに心のうちをうちあけたくなるものでしてね、けどそうした試みが成功することってのはまあめったにないわけでして、なんていったらいいのかなあ、通じないんだ。言葉の不完全さがいけないのか、単に私の表現力の乏しさか、話せば話すほど私の思うところからはかけ離れていって、最後の方には、そうじゃないんだ、そうじゃないんだ、ばっかりいってる。そして寂しさ、悲しさはいよいよつのって、よくないよねこういうの。うん、よくないよねこういうの。
『
