2004年12月29日水曜日

音楽の体験

『音楽の体験』は、音楽を専門に学んでいない人に向けて書かれた、クラシック音楽の理論書です。私たちが音楽を聴くときに、意識することなく知覚していること、例えばリズムのことですとか和声について説明しているのですが、その説明は(音楽理論書としては)非常に平易で、なぜ私たちがそうした音の連続や関係を、そういう風に知覚するのかということが、理路整然と整理されています。

音楽を専門的に学んでいない人向けとはいいましたが、内容は決して簡単ではないですね。そもそもが大学の教養課程で用いられる本であったためであることもあるんでしょうが、一般的な日本人には、例え大学生であっても難しいでしょう。けれど、例えば大学のオーケストラに参加しているとか、趣味で楽器をやっているという人だとかには、大きな力になる本であろうと思います。

ヴィクトル・ツカーカンドルは、音楽を説明する際に、背景となる事象を用いるのではなく、そこで鳴り響いている音楽そのもので説明しようとします。こうした考え方はエネルゲティカーと呼ばれるもので、私たちが音楽について知ろうというときに、時折感じさせられるもやもやを取り去ってくれる考え方であるといえましょう。

音楽に対するもやもや — 音楽そのもののなかで起こっていることを知りたいのに、調べても、人に聞いても、教えてくれるのはその背景のことばかり。作曲家はどういう人だったか、なんの目的で何年に作曲されたか、初演は誰がどこで、聴衆の反応はああでこうで、でも、私が聴きたかったのはそんなことではないんです。

ツカーカンドルも、後書きで感動抜きに音楽体験はありませんといっていますが、けれどこれは音楽は感動でしか語れないということとは違うのです。私たちが音楽を学ぼうというときに、そこは優しくだとか、もっとメリハリをつけてだとかとアドバイスをもらうことがありますね。その時にですよ、それはどういう根拠に基づいているのか聞いて、答えてもらえるかどうかは大切なことですが、意外と専門的に音楽をやっている人間でも、答えられないことは多いのです。感覚的に音楽をつかんでいるだけで、わかっていないことは普通にあり得ることで、ですがそうしたあやふやな理解で、真に説得力のある演奏ができるのでしょうか。ましてや人に教えるとなれば。そんな中途半端なことでいいとは、私は決して思いません。

『音楽の体験』は、西洋的な規範の中で培われた音楽の理論をベースにして、音楽そのものに向き合おうという試みです。もちろん音楽はそれだけですべて説明されるわけでなく、エネルゲティークの考え方にも欠けるところ、充分でないところはあります。けれど、多くの音楽そのものに向き合おうとしない入門書とは違うのです。この本は、真っ向から音楽に取り組んで、それに答えようとするものです。中途半端なごまかし、美辞麗句で飾って本質に目を背けるような、そういう欺瞞はみじんもない、真摯な態度が一貫する本です。

しかし絶版とは、遣る方ないですね。

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