2009年1月19日月曜日

パティスリーMON

  パティスリーMON』が10巻でなんと完結! ええーっ、それは意外。だって、もう少し長く続くと思っていたものですから、これは本当に意外でした。ほら、第9巻が出た時に、物語もいよいよ佳境かといっていた矢先の完結ですよ。ラストに向けて動き出す準備も整い、あとは進むだけ。巻数にして、あと2巻くらいは続くかと思っていたのが、この10巻一冊できれいに完結して、あまりのはやさに驚きました。けど、拍子抜けしたなんてことはまったくなくて、だってあのラストに向かう流れは、もうずっと以前から用意されていたということがわかりますから。これまでに、MONに関わった人たちを、ひとりひとり訊ねるかのような気持ちにもなれる、そんな筋立てが私には嬉しかった。ええ、いろいろあったけれど、この人たちは気持ちを通じさせて、今はもうなんともなくなったんだ。和解という言葉が似合う、そんな光景の連続が嬉しかったのです。

そうした光景が幸いだったから、MONという店の雰囲気、それがあんなにもさっぱりとして暖かな、居心地のいいものだったから、音女の変化も際立ったのだと思うのです。第10巻は、最終巻にして、音女が決定的に変わった巻であったと思います。それまでは、不安に取り巻かれながらも、それこそパニック寸前にまで追い込まれるようなことがあったとしても、彼女自身のらしさを失なってこなかった。そんな音女が、ついに恋の不安に負けてしまいました。今までずっと、夢見がちのいい子であったこの人が、汚ない真似をするまでになってしまいました。持ち前の素直さ、真っ直ぐさではなく、怯えと不信に突き動かされるままに、かたく心を縮こまらせてしまって、それはしかし音女をより魅力的にしたと思います。

先日もそうした恋愛の混沌について書いていましたが、本当に恋愛というものはそうした、自分でさえ思いもしなかった側面をあらわにする危険物であるなと、音女の振舞いを見て思いました。音女は自分が卑怯なことをしていると気付いていました。気付いていながら、その振舞いを正すことができなかった。自分のやっていることがどういうことであるか、わかっていながら、最後の最後になるまで直視できなかった。そうした弱さが人間らしいと感じられて、いじらしい。人というのは、自分の心でさえままならないときがあるのだ、情動を抑えきれずに屈してしまう、そういう存在なのだということを思い出させます。

こうした恋愛の混沌にとらわれたのは、なにも音女が最初ではなく、土屋がそうであり、雪がそうであり、あるいは加瀬もそうだったのかも知れませんね。恋愛というものは、人を高揚させると同時に不安もつのらせるものであり、そして人はその揺れ動きのうちに、平静を失なってしまうものなのだということが、これでもかと描かれた漫画であったのだ。これが、最終話まで読んでみての感想であるように思います。

そして、その感想の核には音女と彼女の感情があったように思います。音女の感情、それは、自分らしくない振舞いをしてしまったこと、それがよくない結果を招いてしまったこと、そして後悔 — 。音女は自分の弱さを直視することとなって、ああ、そうした揺れ動く感情の描かれる、そこが『パティスリーMON』の魅力であると感じます。けれどそれだけじゃありません。この漫画のよいところは、弱さに負けた人たちが、その弱かった自分を乗り越えて、より大きく強い自分自身を取り戻していくというところです。土屋がそうであったように、雪がそうであったように、音女も自分を取り戻すのですね。あのチークダンスの父と母の情愛と、そして大門の — 、恋愛に怖れを感じていたひとりである大門の、真っ直ぐな気持ちの発露を受けて、恋愛の怖れを打ち消し、弱い自分を過去のものにする。その一連のシーンは、静かで、しんと冴えわたる、本当に素敵なものでありました。

さて、私はこれまで大門について、あえて触れないようにしていました。だって、絶対脱線するってわかっていたから。やれ、果物を扱い味見をするその姿がセクシーだとか、いや、ほんと、きらは男性を色っぽく描かせたら天下一品だなって思います。あの、ペティナイフ扱う大門の手の表情、果物の瑞々しさが色を添えて、そして小片を口にする、その顔付き、もうたまらんものがあります。そんな、仕事にかけては引き締まった表情を見せる男だのに、あの最終話での朴訥さ、そして最後のシーンでの少年みたいな屈託のない笑顔、ってもうたまらん!

と、こんな感じに脱線しても読まされる人が困るだけなので、あえて触れずにいたのです。

けど、この漫画は、大門の魅力にまいりながら読むのが正しいのだと思います。それくらい、やつは魅力的でありました。次点は、ショコラティエ安藤ですね。彼女もまた、恋愛の混沌のふちに立って、揺れ動いていた人であるかと思います。ええ、本当に魅力的な女性でありました。

  • きら『パティスリーMON』第1巻 (クイーンズコミックス) 東京:集英社,2006年。
  • きら『パティスリーMON』第2巻 (クイーンズコミックス) 東京:集英社,2007年。
  • きら『パティスリーMON』第3巻 (クイーンズコミックス) 東京:集英社,2006年。
  • きら『パティスリーMON』第4巻 (クイーンズコミックス) 東京:集英社,2007年。
  • きら『パティスリーMON』第5巻 (クイーンズコミックス) 東京:集英社,2007年。
  • きら『パティスリーMON』第6巻 (クイーンズコミックス) 東京:集英社,2007年。
  • きら『パティスリーMON』第7巻 (クイーンズコミックス) 東京:集英社,2008年。
  • きら『パティスリーMON』第8巻 (クイーンズコミックス) 東京:集英社,2008年。
  • きら『パティスリーMON』第9巻 (クイーンズコミックス) 東京:集英社,2008年。
  • きら『パティスリーMON』第10巻 (クイーンズコミックス) 東京:集英社,2009年。

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